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艸砦庵だより

河村正之のページ 絵画・美術、本、山、旅、etc・・・

路傍のアート モロッコ・チュニジア編-1

 ↓ モロッコの古い都市フェズの街角でみかけた路傍のアート。 

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 ↓ 近寄るとこんな感じです。サイズは1×3mぐらい。画材はおそらくアクリル絵具。

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 ↓ こんなのもありました。いい感じです。

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 ↓ もう一つ。少し表現主義的。月(?)と目はわかります。文字も入っています。

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 中世(?)、近代以前の面影を残す迷路のように果てしなくめぐる路筋。日々の生活が営まれ、ロバが放尿し、ゴミが捨てられる細い路地。そこに忽然と描かれた壁画(?)。数点が一定の間隔をあけて並んでいた。

 推理してみると、これらは小学校(あるいは中学校)の生徒が、授業(図工、美術)の一環として、教師の指導のもとに、おそらく地元の人の了解をえて何人かの生徒のグループによって制作され、一定期間展示(?)されているものではないかと思う。

 規模や配置がほぼ一定であり、作品自体のクオリティーも高いからである。

 もしそうだとしたら、世俗主義をとっているとはいえ、モロッコというイスラム圏の国における美術教育(学校教育)はどうなっているのだろうという疑問がわいてくる。それについて私は何も知らない。以前、大学に勤務して美術教育の講座に所属していたころ、各国の美術教育制度に多少の興味を持っていたこともあったが、今現在は無縁である。

 偶像否定ということで、ふつうイスラム圏では写実的具象的表現は忌避されるというイメージがある。しかしチュニジアの切手のデザインには漫画的(?)なものも多く、またモロッコやアルジェリアの紙幣のデザインなどには独特なグラフィックのセンスが見受けられる。切手や紙幣といった公的なものは世俗主義ということで、そのような具象的表現が可能だとしても、では一般の小中学校における美術教育はどうようなものなのであろうか。具象的、写実的表現の指導はなされないのだろうか。スペインなどでもデザイン的なものが主流だと聞いたことがある。ともあれ、具象的な要素を持たぬ美術教育というものは、なんだも想像しにくいものだ。ただし、町中、国中にアラベスク幾何学文様があふれかえっているのだから、そうしたものを見て育った地元の子供たちには、なんてこともないことなのかもしれない。

 ちなみにモロッコにある大学は三つ程度(今はもっと増えているかもしれないが)、美術大学はないと聞いた。

 それはそれとして、こちらの先入観もあるだろうが、クレーやカンディンスキーを思わせる良い作品である。

 

 ついでにやはりフェズ近郊のメクネスという町で見かけたものを紹介しておく。立体(オブジェ)への着色ということで、少し現代美術的である。フェンスの支柱を支える土台を着色している。そもそもこの土台自体が明らかに手作りの粗雑なものであり、しかしかえってそれがパステルトーンの着彩とあいまって、いい味を出している。これらもやはり小学生たちによる手作りパブリックアートだろうか。それとも持ち主の単なる趣味なのだろうか。

 

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↓ 少し離れて見る。支柱の土台の下まで塗ってある。この色の組み合わせ!脱帽である。

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 ↓ もう一つ。まわりにはゴミが捨てられています。色もそろそろ褪せ始めています。

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 モロッコ、チュニジアでは街中では今や世界中どこにでもある、いわゆるグラフィティーアート(スプレー缶による落書き、独特のスタイルによる文字表現が多い)はあまり見かけなかった。それがイスラム的風土のせいなのか、それとも単に私が歩いたところに無かっただけなのか、それはわからない。                   (2015.4.20)