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艸砦庵だより

河村正之のページ 絵画・美術、本、山、旅、etc・・・

フナオカキャンバスとパイプオルガン ‐1

 

 先日、次の制作のためにF100号とF50号のキャンバスを用意しようと思ったら、ちょうどそのサイズが手元に無いことに気づいた。そこでいつも使っているロールキャンバス(フナオカB4DX)を購入しようとして、とりあえず値段を調べようとネットで見たら、どこでも取り扱えない状態になっていることを知った。そこで初めて、製造元の日本画材工業(株)の倒産を知ったのである。そうか、困ったなと思いつつ、しばらくしてようやく、これは大変な事態であることに気づいた。

 私は学生時代以来40年近く、キャンバスは自分で作っている。当初は生の麻布、最近では多く兎膠塗りの状態の、主にフナオカB4DX(2.27×10m)を基底材とした、主としてエマルジョン地のキャンバスである。B(中荒目)やA(中目)、F(細目)の麻布も使うこともあるが、とりわけB4DXにこだわるのは、その幅2.27mでなければF300号(218.2×291㎝)が取れないからである。

 私は大きいサイズの作品も小さなサイズの作品も制作する。しかし、大きいサイズの作品の制作というのは、作家にとって、単に物理的な意味だけではなく、経済性も利害も抜きにした、精神的にも特別なことなのである。その時々で自身に可能な最大の大きさの作品を制作する可能性と自由を常にわが身のものとしておくことは、重要かつ神聖なことである。フナオカB4DXが製造中止ということは、その可能性を剥奪されることなのだ。

 もう一つ。私にはキャンバス(の地塗り層)を手作りするという事情がある。油絵描きの中でもテンペラ技法を使うというのは、少数派である。テンペラ絵具は水性絵具であり、したがってその地塗り層も吸収性もしくは半吸収性のものでなければならない。市販の油性キャンバスは使えないのである。現在国内で一般に市販されている(らしい)ロールキャンバスでエマルジョン地、あるいは白亜地のものは、クレサン社のユニヴァーサルキャンバスとアブソルバンキャンバスをのぞいて、無いようだ。私はまだそれを使ったことがない。その成分比などが不明で、自分で吸収性の度合いなどをコントロールできないからだ。またそれ以上に、そうしてキャンバスはその性質上、本来は出来上がってから時間をおかずに使うべきものである。つまりロールのまま長期保管するのは、避けるべきだからである。だからそれはそのつど自分で作らざるをえない。

 西洋絵画の伝統を鑑みてみても、それはある意味で当り前のことであるし、その吸収性ないし半吸収性の地塗り層の存在は、テンペラ絵具と関連して既に私の作品世界の一部を形成している。したがってその作業は面倒ではあっても、不満を抱くにはあたらない。しかし、それを手作りするためには、その基底材としての生の、あるいは兎膠塗りを施された麻布が必要なのである。

 ここまで書いて、確認のためにもう一つの有力なキャンバス製造メーカーの一つであるホルベイン社のHPを見てみた。すると確かについ先日まであったはずの「専門家用油性キャンバス」(ロールキャンバス<シックタイプ>)8種と「油性ロールキャンバス(ニカワ塗り)」2種などの麻布製のロールキャンバスが全て「製造終了」と表示されているのを発見した。

 いよいよ日本の油絵描き、テンペラ作家にとって大変なことになってきた。ホルベイン社の「製造終了」とフナオカの倒産には何か関係があるのかもしれないが、今のところ、私にはわからない。

 フナオカキャンバスを製造していた日本画材工業(株)は、従業員13名(そんなに小規模だったのか!)。「大正7年5月に東京都で国産初のキャンバスメーカーとして創業。~(中略)~画材業界では<フナオカ・キャンバス>の知名度は高く、プロ用ロール画布の高品位キャンバスの国内販売では圧倒的なシェアを誇っていた。また、プロ用の手作り技法にこだわった高品質のキャンバスは海外の画家からの引き合いも多く、業界内では確固たる地位を築いてきた。~(中略)~輸入量産品との競合などから業績は低迷。最近でも業績低迷に歯止めはかからず、23年3月に発生した東日本大震災では直接的な被害は避けられたものの、福島原発事故風評被害もあって国内外ともに受注は低迷。」し、「5月中旬頃に破産を申請する予定」ということであった。(引用は㈱東京商工リサーチ 福島キャンバス製造 日本画材工業(株) http://www.tsr-net.co.jp/news/tsr/20150501_02.html による。)

 

 今回のことに関連して関係業界の何人かの人に話を聞いた。要は本格的に油絵を描く人が減り、また安い外国製の本格的とは言えぬ製品に押され、採算が合わなくなったということである。ある業種の市場と需要の飽和というか、限界状況だと言えるのだろう。油絵(テンペラ画も含む)というメディア自体の衰退といってもいいだろう。いずれにせよ市場原理、資本の論理としては当然の帰結と言わざるをえないのである。

 少子化ということもあるだろう。美術の分野でいえば表現の多様性ということもあるだろう。少し前にある現役の芸大生から質問を受けた。「やっぱりキャンバスの木枠はマルオカの杉材でなきゃダメですかね?キャンバスは綿キャンではダメですか?」。

 今、美大・芸大生と言えど、木枠は桐の集成材(原産国:主に中国)を多く使うらしい。理由は「安いから」。確かに値段は3倍ぐらい違う。キャンバスの方は今正確にはわからないが、それ以上の開きがあるだろう。私は桐の集成材の木枠を使ったことはない。だから150号、300号といったサイズで膠仕事から地塗り作業をへて、湿度温度変化の激しい日本の風土の中でそれが充分な耐用性を有しているかどうか、確証することはできない。しかし、ある程度の予想はつく。小サイズの油性地キャンバスならともかく、大きいサイズの吸収性ないし半吸収性の地塗りを施したキャンバスには不適格であろうと。

 綿や化繊の布にアクリル塗料の地塗りを施した安価な市販の張りキャンに、市販のチューブからひねり出した絵具で図を描くということだけであれば、今回のフナオカキャンバスの消滅もたいした問題ではないかもしれない。別に手作りのキャンバスやテンペラ技法が特権的にエライわけでもない。表現の多様性である。紙と一本の鉛筆、いや大地と一本の指があれば絵は成り立つ、というのはやはりこの際、論旨のすり替えであろう。それはまた別の話。手作りのキャンバスやテンペラ系の技法に、正統な西洋絵画の伝統への共感を見出すこともまた、正統な多様性の一つである。今回のフナオカキャンバスの倒産とホルベイン社の麻布製のロールキャンバスの製造終了はその多様性の一つが消失することに繋がりかねない。

 こうした問題は今に始まったことではない。ウィンザー&ニュートンの油絵具のヴァ―ミリオンや国産メーカーでもコバルト・バイオレット・ライトが製造中止になったのはだいぶ前のこと。

 日本画の方でも和膠である三千本膠の製造が中止になり、銅版画の雁皮刷りにも欠かせない特薄の雁皮紙も最後の職人がいなくなったとか(これについては新たにその代替品が造られている)、蒔絵に描かせぬ蒔絵筆の本来の「ねずみ毛」(現在は猫の毛が主流)が入手できなくなったとか、絵に限らず、伝統的な材料、道具、そしてそれを作る職人自体の消滅と、様々な話が聞こえてきている。ジャパンと言われる漆でさえ国内消費量の97%は輸入品(ほとんどが中国)である(林野庁HP)。

 絵具の問題は主に原料の有害性という環境問題が理由であるが、日本画関係の問題は多様な理由がある。しかし煎じつめれば、需要と供給と採算の問題、つまりは市場原理、資本の論理である。材料や道具、そして技術そのものですら、失われ、滅びうるもの、シニカルに言えば、まあ時代の一つの必然であると言えなくもない。そんなことは世界中で日常的に起こっている事態だ。

 しかしそれはそれとして、市場原理、資本の論理として済ますわけにはいかないのは、このことが芸術=文化にかかわる問題だからである。

 思いっきり引いて考えてみよう。油絵とは言うまでもなく明治以降に日本に導入された外来の文化である。その異文化性ゆえに、逆説的、結果的に在来の日本の絵画に新たに日本画と言う名称と分野性を新たに付与し、同時にそれを活性化させたことはいまさらここで言うまでもない。そしてその後100年以上の時間をかけて、油絵はいまさら西洋画と呼ばれる必然性もほとんどなくなったほど、日本の文化の一部と成りおおせたと、私は思っている。

                                                               (2015.6.4) 

(以下、続稿)