艸砦庵だより

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「蜂の子」を料理して食べた

 美術関係の予備校や大学で教えてきた期間が長かったから、いわゆる教え子というのがたくさんいる。多くは在籍中だけの淡いかかわりか、その後せいぜい数年程度の縁であることが多いが。しかし何年か、あるいは二、三十年もたってから付き合いが復活するということもたまにある。

 そうした教え子の中には時々変わり種もいて、中には登山のプロガイドになったり、今回蜂の子を送ってくれたS夫妻たちのように養蜂家になったというのもいる。

 その富山在のS夫妻とひょんなことから付き合いが復活し、その中で蜂蜜や蜜蝋を買っている。そうしたある日(7月3日)、いきなりドンと、蜂の子が入ったままの蜂の巣が冷凍パックで送られてきたのである。

 

 ↓ 蜂の子が入ったままの冷凍蜂の巣。写真以外にも大量。

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 確かに私は蜂の子と限らず、昆虫であれ何であれ、基本的には何でも食べると言った。むろんそれが食べられる状態であれば、の話だが。

 子供のころから蜂の子は食べられるものだと認識していた。だから足長蜂の巣をとって、その中の蜂の子をいくつか生で食べたということはある。別に美味いとも思わなかったが。ただし、当時の私の周囲にはそれを積極的に食べるという文化は特にはなかった、あるいは廃れていたようだ。両親たちも子供のころ、イナゴをとって食べたりしていたようだが、私が子供のころにはそういうことはなかった。「あんなモノ!」という感じだった。それよりも今考えると、私が子供だったころ、昭和40年前後は農薬の使用量が最も多かったのではないかと気づく。典型的な稲作中心の農村であったにも関わらず、イナゴを見た記憶がほとんどないのだ。それはそれで恐ろしい話である。そのことも含めて、当時の山口県の私の周辺には昆虫食という文化は無かったのではないかと思う。

 長じて山登りなどをやったことなどもあって、民俗学などをかじるようになると、信州や北関東、九州などで、今でも蜂の子や、ザザ虫・マゴタロウ虫、鉄砲虫(カミキリムシの幼虫)などを積極的に採集し、食す文化があることを知った。

 現在私は五日市に住んでいるが、引っ越して何年か経ったころ、隣のNさん(現85歳)が「こんなもの、食うかい?」といって持ってきたのが、下の写真の鉄砲虫である。私は未確認だが、『ファーブル昆虫記』の中にもこれの美味い食べ方が出ているそうだ。このとき以外にも何度か自分で採って軽くフライパンで塩で炒って食べたが、わりと美味しいものである。Nさんは若いころから長く五日市や檜原の方で林業等に従事していた方。これに限らず関東というか、東京には意外と古い習慣が残っているなと驚くことがけっこうある。

 

 ↓ 鉄砲虫。これは少々焼きすぎ。硬くなってスナック菓子状態だった。

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 イナゴの佃煮、ザザ虫の缶詰、蜂の子の瓶詰など、旅先などで買って帰って食べたことはあるが、要するに佃煮味になっていて、そのものの本来の味というのはよくわからない、つまりたいして美味い物でもないというのが本音のところ。中国貴州省の奥地でカメムシのから揚げを食べたこともある。珍しさはともかくとして、これもまあそんなに美味い物ではなかった。サソリ(昆虫ではないが)は何度も食べ損なっている。それなりの値段だったし、そもそも旅先の露店の洗面器の中でカサカサいっているサソリを買ってみても、実際には調理のしようがないのだ。

 次の写真は大学の研究室に学生(女性)が持ってきた干した(?)タガメ。新大久保だかのタイ料理屋で買ってきたものだが、これは本来は粉にして調味料として使うものだったらしい。ビールを飲みながら、一応、火にあぶってそのまま食べたが、エキゾチックな味でしたと言うしかない。

 

 ↓ タイ産タガメ。本当は粉末にして調味料として使うらしい。確かにゴキブリと紙一重。

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 かくのごとく、私は昆虫食には特別な偏見は持っていない。昆虫(成虫)は陸のエビのようなものだとすら言っている。だが、鉄砲虫以外はそれほど美味いと思ったことはない。そもそも鉄砲虫以外は自分で調理する機会はこれまでなかったし、積極的に調理したいという気もないのである。

 

 ともあれ、ドン!と蜂の子入り蜂の巣が届いた。知識としては空炒り、塩胡椒バター炒めや佃煮風にすればよい、といったぐらいのものである。しかし、その前に蜂の巣から蜂の子を取り出さねばならぬ。見ているはしから解凍が進む。ひっくり返してトントン叩いて見ても、パラパラといくつか落ちてくるだけ。箸やピンセットで摘まみだそうとしてもなかなか上手くいかない。持っている手の熱で蜂の巣はぐちゃぐちゃになってくる。摘まみ出しかけた蜂の子がつぶれる。卓上はドロドロ、ぐちゃぐちゃ状態になる。

 

 ↓ 解凍前。二段分がくっついている。

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 卒業論文で宮崎県の蜂獲りについて書いた、一種の教え子に近い男、T君を思い出して、電話してみた(ちなみに彼は東京出身東京育ちだが、現在は念願かなって宮崎県のとある山村の村役場に勤務しており、蜂の子は常食しているとの由)。「巣ごと冷凍ですか!」と絶句して、蜂の子は生きている内にまず巣から取り出すのであって、冷凍してしまった蜂の巣からはどうして取り出せばよいか聞いた事がない、との答え。

 さて困った。一瞬、もう全部捨てるか!という考えも頭をよぎったが、それでは送ってくれたS夫妻にもすまないし、何よりももったいないというか、得難い体験を逸することになるのが残念である。

 考えた末に、鍋でゆでて(煮て)みることにした。当たり前だが、蜂の巣は蜜蝋が主成分なので、すぐに溶ける。白い幼虫や蛹がわらわらと浮かび上がってくる。地獄の釜ゆで、阿鼻叫喚状態である。それを箸で一つずつつまみ上げる。ある程度たつと、蛹の状態もしくはそれに近い状態のもので、自分を包みこんでいる薄い膜が溶けないものだけが、鍋の底に残る。今度はそれを冷ましてから一つずつ指とピンセットでむいてゆくのである。量が多かったせいで、一度では済まず、三日かけてのべ十数時間かかった。何千回いやたぶん何万回か、その作業を繰り返したのではないかと思う。

 ↓ 途中で火を止めて。黄色いのが蜜蝋。阿鼻叫喚状態。

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 この巣ごとゆでる、煮るという作戦はそれなりに効果的であったというか、たぶんそれしか方法はなかったのではないかと思うが、一つだけ欠点があった。それは煮立った汁の中から摘まみ上げる際に、どうしてもある程度は溶けた蝋が付いてくるということである。冷えると、ラードで揚げたテンプラに似ている。そして調理し終わって食べた後も、その蝋が若干口中に残るのである。まあ味には関係ないし、プロポリスとかの関係で、むしろ身体には良かろうと開き直るしかないのであるが。最初にゆでる前に取り出せたものだけで料理したものの方が旨味も抜けておらず、やはり味としては二ランクぐらい上である。まあ、今回は仕方がない。

 

 ↓ なんとか取り出した。上の黄色いのが蜜蝋。手前のものにもそれなりに残っている。これで一回分、全体の三分の一ぐらい。

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 ともあれそうして取り出した大量の蜂の子をサラダオイル、バター、塩、胡椒で炒め、醤油で味をととのえる。酒は入れない。胡麻油を加えたのも作った。保存性を考えれば少し濃いめの味付けが良いのだろうが、本来の味を味わいたかったので、気持控え目にした。シンプルな料理である。

 冷ましたのち、瓶やジップロックに入れて冷凍庫へ入れて終了。正直言って、けっこう精魂尽き果てた。

 

 ↓ ほぼ完成。うまそうでしょ。女房は顔をそむけていた。

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 ↓ 完成。冷やして冷凍庫へ。女房は顔をそむけていた。

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 味の方は、はっきり言って美味い。市販のビン詰めのものに比べてほとんど汁がなく、100%蜂の子なので、濃厚にしてホンワリとした、タンパク質そのもののやさしい味わい。酒のつまみにいくらでも食べられる。高栄養食品だ。それだけで食べるのが一番だと思うが、他の食材と合わせて、いためものとかしてもいけるだろう。~視覚的な面をのぞけば。

 

 蜂の子とはいえ、別の言い方をすれば「蛆」である。観念上の偏見を持たぬとは言っても、やはりあまり良い気はしない。私は「芋虫」はけっこう可愛いと思うが、「毛虫」は好きではない。まして「蛆」は、やはりダメだ。たぶん多くの人と同様に、「おぞましい」という感は捨てきれない。

 だが、三日間、のべ十数時間この作業をしていて、多少、気の持ちようが変わったのも事実である。鶏卵、カニみそ、海胆、烏賊の内臓(塩辛用)、牡蠣、どれも同じことなのだ。生命力、生命そのものとしての体液なのだ。タンパク質だから加熱すれば凝固する。生命そのものが旨味なのだ。そう実感したのである。決して「蛆」にたいするおぞましさは捨て切れないが、まあ、それと並行して、今後とも機会があればまた喜んで蜂の子料理を作るだろう。今度は炊き込みご飯か、チャーハンにするか。いや蚕の蛹か、サソリが先か。ただし、S君、今度はぜひ生で取り出したものを冷凍にして送って下さい。あの巣ごとゆでるという作業はもうあまりしたくない。味も少し落ちるし、蜜蝋入りでない方が後味が良いのです。

 

 ちなみにS夫妻は養蜂業ではあるが、蜂蜜の卸が中心で、蜂の子は普通、採取していないとの由。今回送ってきたのは、最近熊に襲われて巣箱がいくつも壊されたとか言っていたから、そのためかもしれない。また蜂の子と言えば普通はクロスズメバチが多いらしいが、蜜蜂その他も食されるとのことである。                (2015.7.16記)