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艸砦庵だより

河村正之のページ 絵画・美術、本、山、旅、etc・・・

葛藤と挫折の果ての馬頭刈山 (2016.2.11)

 例によって例のごとし。

 山に行きたいのに、行けない。山に行くべきなのに、行かない。

 この葛藤というか、二律背反、あるいはダブルバインディングについては、自分でもよくわからない。説明できない。遠足に行きたくない子が、遠足の前夜あるいは当日の朝にお腹が痛くなるというのは、わかる。だが私の場合は行きたいのにお腹が痛くなるのである。

 しかし、その葛藤の構造についてはわかる。意識と身体、もっといえば感性としての身体がかみ合わないというか、分裂しているということなのだ。意識とは吾であり、身体も吾であり、感性もまた吾である。だがこの三者は必ずしも一体のものではない。したがって、ある局面において、対立し反発するということも起きる。その結果、上記のような、行きたいのに行けないといいう事態が発生する。

 以上が今回の山行の、まことに個人的な背景である。

 

 この葛藤分裂のゆえに、これに先立って二つのプランをのがしたというか、止めた。前日10日の計画が、前回の高川山の時の第一候補だった百蔵山~扇山。すっかり準備をしていたにもかかわらず、前夜酒を飲みつつ、中止にした。翌日になって苦し紛れに思いついた、そんなに朝早く起きなくてすむ、近場の入山尾根~今熊山(これも一応懸案のルートではあるが)に決めた。このルートは自宅から自転車でのアプローチとなるのだが、下山後自転車を回収に行く必要がある。その説明を女房にしていると、彼女の予定は昼過ぎから檜原村泉沢のHさん宅で歌の練習だという。女房はここ一二年、女3人でモモンガーズというコーラスグループを結成して、あちこち小さなライブ等に出演しているのだ。なかなか楽しそうである。まあ、それはいい。

 その内の一人Hさんが檜原村泉沢の最奥に住んでおり、そこは馬頭刈尾根の馬頭刈山の直下といっていい位置なのである。馬頭刈山にはこれまで二度登った。大岳山から行った最初の時に、地形図やガイドブックには出ていない、泉沢に降りるルート標識が二つあることを知った(このうちの泉沢の東側の尾根は泉沢尾根という名前で2014年版の「山と高原地図」には記載されている)。またそれとは別にもう一つ、泉沢の西側の尾根にも破線路が古い資料に記載されているのを知った。二度目に行ったのは8月の暑い盛りに茅倉から千足尾根を登り、泉沢尾根を下った。下って最初に出会うのが、前記のHさんの家なのである。あと二つ泉沢からのルートが残っていることになるが、特に面白いとも思えず、食指は動かない。

 だが不毛な葛藤をくりかえし疲れるよりも、アプローチの不便な入山尾根よりも、入下山共に送り迎え付きの泉沢周辺の方が今回は良いだろう、ということで急遽そちらに変更することにした。前から約束していた、Hさんの引越の準備の手伝いという名目もあることだし。

 

 いつもと同じく朝11時に起床し、近所にすむもう一人のメンバーMさんをピックアップして泉沢に向かう。途中の神社の前で降ろしてもらう。貴布祢伊龍神社(きふねいりゅうじんじゃ)という由緒ありそうな名前だが、貴布祢=貴船であり、それに明治四十四年に払沢の滝入り口にあった伊龍神社を合祀したとの由。社殿の右手が小さな滝になっており、すぐ奥には大きな磐座(磐倉・岩倉・いわくら)があり、それなりに風情はある。あとでよく読もうと、由緒書き等を撮影していたら急にカメラが動かなくなった。壊れた?困ったもんだがどうにもならない。以後スマホで撮影。

 神社の裏手の道を辿り、沢沿いの最後の人家の脇から山道に入る。雪はない。道形はしっかりしているが、やや荒れている。ほどなく一軒の廃屋があらわれる。道形がしっかりしっかりしていたのはこのせいかと思い至る。さらにそこから少し登るとさらにもう一軒の廃屋(?)。こちらは玄関が開いており、遠目ではそんなに廃屋といった感じはしない。手持ちの2万5千図(平成7年9月現地調査)を見たら、その二軒の建物記号がしっかり記載されていた。廃屋というものに特有の風情とともに、ちょっと感動する。

 ↓ 廃屋その1

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 ↓ 廃屋その2 まさか住んでいないよね。

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 その先あたりから道は不明瞭となるが、藪こぎというほどもなく、方向を見定めて歩きやすいところを選んで登ってゆくとほどなく茅倉尾根の支稜に上がった。植林帯の何の変哲もないところである。以後、馬頭刈尾根主稜線に出るまで徹頭徹尾、植林帯。風情も面白みもほぼゼロ。確かにガイドブックには載せようもないわなと思う。しかしまあ全くつまらないかと言えば、そうでもない。天気が良いせいもあって、植林帯特有の垂直のパラレリズムを味わいながら坦々と登る。茅倉尾根の主稜線に出るあたりから雪が出始め、以後上部ではほとんど雪の上を歩く。

 ↓ 茅倉尾根の支陵に上がったところ。下にもうっすらと踏み跡が続いている。

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 ↓ 茅倉尾根 垂直のパラレリズム

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 ようやく植林帯から抜けて、馬頭刈尾根に15:05に出た。ここは文献によっては鶴脚山916mとなっているが、何の標識もない。「山と高原地図」では北西に少し行った先の、ややこしいことにこれも916mのピークが鶴脚山となっている。まあどちらでもよい。ともあれ、多少なりとも展望がきくというのは気分が良い。馬頭刈尾根は人気ルートだけに入山者はけっこういるようで、雪道はしっかり踏み固められている。さっそく先日購入した軽アイゼンを装着してみる。なるほど、なかなか良い感じだ。この季節、やはり持っていると安心だろう。

 ↓ 馬頭刈尾根 

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 ↓ 馬頭刈山山頂 左大岳山 

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 馬頭刈山山頂着15:40。884m。北西には馬頭刈尾根にとどまらぬ奥多摩の盟主、大岳山が堂々と佇んでいる。 

 ↓ 馬頭刈山山頂から盟主大岳山遠望

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 馬頭刈山山頂着15:40。884m。北西には馬頭刈尾根にとどまらぬ奥多摩の盟だが山頂も三度目ともなると特段の感慨もない。写真だけ撮ってさっさと下山にかかる。いったん手前の鞍部まで引きかえし、指導標に従って泉沢に向けて下りはじめる。道は沢沿いに下るものと思っていたら、山腹のトラバースが続く。このままでは登りに使った茅倉尾根に合流してしまうのではと不安になるころ、ようやく支稜を下るようになり、ほどなく泉沢沿いの道となった。この間やはり全て植林帯。二三の造林小屋を見るのみ。面白みゼロ。堰堤を二つ越えれば人家が見える。その二軒目が目指すHさん宅。飼っている羊の啼き声とモモンガーズの歌声が聞こえてきた。

 予定通り登り2時間下り1時間、休憩を合わせて3時間半のささやかな山登りは終了。意識と身体と感性が合致しない時の、こんな山登りもある。

 ↓ 泉沢集落

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 その後は引越の手伝いとやらも免除されて、女房たちの練習を見物しながら、やがてビールから焼酎へ、さらに場所を変えて夕食をとりながらの酒パート2へと移って行ったのである。

 

コースタイム

貴布祢伊龍神社13:10~茅倉尾根支稜上13:45~茅倉尾根主稜14:00~馬頭刈尾根15:05~馬頭刈山884m15:40~泉沢H宅16:30            (記2016.2.12)