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艸砦庵だより

河村正之のページ 絵画・美術、本、山、旅、etc・・・

宮沢賢治ゆかりの山を登る-2 『風の又三郎』の原点、種山ヶ原・物見山

 7月15日、岩手の山旅も四日目、最終日である。今日の予定は姥石から種山ヶ原(物見山869.9m)に登り、夕方の新幹線で帰ることだけだ。山歩きは実質1時間半ほど。登山口の姥石までどのくらい時間がかかるかわからないが、たいしたことはあるまい。おそらく時間をもてあます。帰途、土沢の万鐵五郎記念美術館にも寄って見ようと思ったが、調べるとあいにくと展示替えのため休館日とある。残念だがこれも縁だ。仕方がない。まあ、行き当たりばったりで、適当に寄り道しながら行こうということになった。こんな時、レンタカーと、適当に旅の仕方を知っている同行者なのは、気楽である。

 

 朝の一浴と朝食後、出発。S氏は一昨日昨日のアルバイトで筋肉痛との由。運転しない(できない)私は助手席でお気楽だが、せめてカーナビに注意していようと思ってはいても、そもそも種山ヶ原がどの辺にあるのかすら把握していないのである。

 興味がないわけではない。「風の又三郎」や「異稿 風野又三郎」、そしてそれらの原点とも言うべき「種山ヶ原」や、柳田国男の「遠野物語」等を通じてずいぶん昔から興味というか、むしろ憧憬に近い感情を持っていた。三十年近く前には『かぬか平の山々 秘境・北上山地を歩く』(日本山岳会岩手支部編 現代旅行研究所 1988.4.25)を購入したりしている。ちなみに「かぬか平(てい)」とは、馬の産地としての草地に定期的に火入れ(野焼き)をする火野・刈野・鹿野などからきた名称で、「北上山系の芝生のなだらかな山のことをいう。沢を登りつめ、ヤブをコギ、カヤをかき分けてパッと明るい天然の芝生の平らに出る。それが“かぬか平”である。(同書p.38)」と記されているような、広漠とした、おおどかなイメージに惹かれたのである。

 早池峰姫神、その他無数の山々と遠野物語の神秘を包摂する広大な準平原。しかし、北上山地と言っても、その範囲はきわめて広い。50万図「弘前」「盛岡」「一関」の三枚でもカバーしきれない。そしてそれだけ広大な山地と言っても、山として有名なのはせいぜい早池峰姫神ぐらいのもの。「日本のチベット」と言われていたように、電車を降りてからの公共交通の便も悪く、新幹線の開通以前の北上山地は実に遠い処だった。なまなかのことではおもむく気になれなかったのは、やむをえない。そうしているうちに、還暦を過ぎてしまったという次第である。しかもたまたま今回は、50万図「一関」も5万図も2.5万図も事前に用意できなかった。かろうじて「地理院地図」のサイトで必要最小限の部分だけプリントアウトして持ってきた。やはりちゃんとした地形図を持っていないと、それだけ味気ないというか、旅や山歩きの楽しみが減るのである。

 

 ともあれ、現在地もよくわからぬまま、ナビ嬢の仰せにに従って車を走らせる。コンビニに立ち寄る。なんて便利な世の中になったものか…。一帯は山村であることは間違いないが、山らしい山の形も見えず、ゆるやかな登り下りと蛇行を繰りかえす。これが準平原というものなのかと思い至る。雲は多いが、天気はまあまあ。緑が美しい。風が清々しい。すべての要素が東京や西日本とは違う。

 

 途中で「重要文化財 伊藤家住宅」という標識をみかけ、すかさずそちらの脇道に入る。寄り道である。茅葺(芝棟)、土壁の中に、板の間の三部屋と厩と土間がある。曲り家ではなく、直方体に屋根を葺いた直家(すごや)というシンプルで質朴な建築様式。一つ屋根の下での馬と一緒の暮らし。

 

  ↓ 伊藤家住宅

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 ↓ その前庭にある、後に建てられた馬屋 アジア的!

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 土間の一画に囲炉裏をしつらえ、地元の管理の方が火にあたっておられる。私は古民家などを見るのも好きで、これまで各地で機会があれば見てきたが、ここの長年にわたって黒く燻された暗い室内にいると、懐かしさといったものを通り越して、どこか昔の外国の辺境にでもいるような気がしてくる。特に西日本山口生まれの私には、こちらの言葉も含めて、その感が強い。決して日本は一つなどではないのだ。「18世紀中期ごろのこの地方の古形式を持つ農家として、旧状を良く留めています。」と表の説明板にあった。妙に余韻を残す古民家であった。

 

 このあたりには人首(ひとかべ) 古歌葉(こがよう)などといった、なにかいわくのありそうな、あるいは優美な地名が多く残っている。登山口の姥石も同様に古雅な地名だが、しかし道の駅は「種山ヶ原『ぽらん』」と名付けられている。地理院地図の物見山(種山)には「∴イーハトーブの風景地種山ヶ原」と付されている。以下、種山ヶ原森林公園内に細かく張り巡らされたコースには「ブリューベルの径」、「アザリアの径」、「イリスの径」といった、確かに賢治にゆかりはあるかもしれないが、少々気恥かしくなるような名前がつけられている。いくら観光客相手とはいえ、もう少しセンスがあって欲しいものである。

 道の駅で昼食のおにぎり、カレーパン、トマトなどを購入して準備完了。ルートはほぼ南尾根沿いだが、なるべく車道を歩かないようにコースをつなぎ、そしてなるべくのんびりとゆくことにする。

 

 ↓ こんな感じ

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 標高差は270mだが、道は幅広く、かぎりなくゆるやかである。周囲の森は自然林と植林の混生のようで、気持は良いが、よく手入れさえた道のわきには、花ざかりのハナミズキが並木のように植えられている。市中や山麓の公園ならともかく、ここのような山中に、元々そこにない種類の木、特に桜やハナミズキなどといった一般受けする花木を植えるということに、私は賛成できない。いくら観光のためとは言え、あざといというか、そこにある本来の自然を味わいに来たはずの人を結局は落胆させるように思う。まあ、一まれびとの意見ではあるが、一定の普遍性はあるだろう。

 ブリューベルの広場をすぎ、ほどなくぽっかりと開けたアザリアの広場に飛び出した。これまで展望のない森の中を歩いてきただけに、まことに気持の良いところだ。アザリア(ツツジ)の季節は過ぎたが、小さな白や黄色の花が咲いている。ここはもう頂上の直下なのだが、ゆっくりと一休みする。空も少しずつ晴れてきたようだ。

 

 ↓ イリス=アヤメの類

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 ↓ アザリアの広場

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 そこから車道を渡り、右に巨大なレーダーを見ながら一投足で、広く気持の良い870.6mの山頂に着いた。種山ヶ原とはこの広がりの一帯を言い、物見山は山頂そのものを示す名である。360度の展望。眼下には種山牧場。あいにくと早池峰方面はレーダーに隠れて見えないようだ。何せ5万図も50万図もないのだから、山座同定など及びもつかない。ともあれ、初めての北上山地、感慨深い。100年前、賢治はここを何度も訪れたのだ。 ・・・どっどど どどうど どどうど どどう・・・

 

 ↓ 頂上にある巨石の上から三角点を見る

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 ↓ 広漠たる準平原 北上山地

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 ↓ 三角点の上で何やらアートを制作中のS氏

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 しばしの休憩と昼食の後、下山に移る。付近に散在する岩塊は残丘(モナドノック)、というよりもこの物見山の高まり自体が残丘なのだ。

 コースはゆるやかに下り、一部車道を辿り、途中から左に折れ明神コースに入ると、またぽっかりとした小広い空間「イリスの広場」に出る。確かに、ときおり妖精が現れても不思議ではない。そこから20分あまり歩けば姥石集落に出た。道の駅はすぐそこである。

 

 ↓ 途中の無名の草原 無名であることにほっとする

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 ↓ 車道からそれて明神コースの森へ

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 ↓ イリスの広場

 

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 かくてハイキングと言うことさえはばかられそうな、ささやかな山歩きは終わった。元図工教師のS氏いわく「小学生の遠足に最適の山」。山高きがゆえに尊からず。ルート長きがゆえに尊からず。対照的な山容の前日の南昌山と合わせて、北上準平原の可愛らしい小ピークを訪ねる山旅は終了した。たまにはこんな山も良いもんだ。

 

 ↓ 帰途 増水気味の猿石川f:id:sosaian:20160723151056j:plain

 

 その後また、のんびりと土沢の和紙工芸館などを寄り道しながら、夕方新花巻駅に到着。賢治蕎麦とビールでこの四日間を振り返る。

 いつも気づくのは、きっかけとしての外部性ということだ。行きたい気はあっても、60歳すぎるまで実行することのなかった、宮沢賢治ゆかりの山めぐり。あるいは岩手山なら、相当がんばった上でならば、自発的に一人で行くかもしれない。しかし南昌山、種山ヶ原に一人で行くことは、おそらく一生なかったであろう。外部性としてのS氏からの一言があったがゆえに実現した今回の山旅である。

 どうせ実現しきれぬほどのプランを抱いている私ではあるが、それらが一つでも多く実現できれば、それだけ嬉しい。行為の基本は私個人の、ともすれば頑固にすぎがちな主体性・自発性であることは動かないにしても、時として外部からのはたらきかけに、自然にしなやかに身をゆだねる柔軟性は、今後とも大切にしたいと、あらためて思うのである。それこそがどうやら、私という現象の、社会・世界に向かい合う振る舞い方であるらしいと、歳とともに思うようになってきたのである。

 

【コースタイム】

道の駅種山ヶ原「ぽらん」11:30~南尾根~物見山(種山ヶ原)山頂12:40‐13:10~イリスの広場~明神コース~道の駅14:25