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艸砦庵だより

河村正之のページ 絵画・美術、本、山、旅、etc・・・

燕岳から槍ヶ岳へ(30年振りの北アルプス・45年振りの防高山岳部夏山合宿) -2 

8月3日

 4:00起床。快適とは言い難いが、まあなんとか眠れた。夜半、雨が降ったが、明ければ上空は良く晴れている。下界は一面の雲海。日の出を見る。格別な太陽信仰は持たぬにしても、やはり荘厳としかいいようのない、光と彩の織り成す壮大なドラマである。遠く八ヶ岳南アルプスの間に、富士山がそのシルエットを小さく見せている。

 ↓ 富士山を望む

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 振返れば、目指す槍ヶ岳方面の眺望が素晴らしい。何というべきか。さすが北アルプスである。これだけの豪快さは、やはり他の山域では得られないものだ。

 

  ↓ 黎明の雲海

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 ↓ 槍ヶ岳を望む 手前、喜作新道から大天井岳

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 今日の行程は大天井岳を越えて、東鎌尾根とば口の西岳ヒュッテまで。コースタイム7時間20分、最大標高差670mだから全行程の中で最も楽な一日のはずである。

 

 燕山荘を6:00に出発。なだらかな尾根筋を快適に進む。快適な稜線漫歩である。白い風化花崗岩と這松の緑。合い間に点綴された高山植物。イワギキョウの青、イワツメグサの瀟洒、クルマユリの可憐・・・。

 ↓ 白砂青松の稜線漫歩

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 ↓ 岩桔梗(たぶん)

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 K氏、Fさん、共に快調そうである。私も調子は悪くはないが、何せ、二人の調子が良すぎる。もっとゆっくり歩いて、景色を、花を、山を、愛で、味わいながら行こうと言いたいところであるが、一人遅れ気味では説得力に欠ける。とはいえ、順調に歩けるのは気持の良いものだ。蛙(ゲエロ)岩、為右衛門吊岩とおぼしきところを過ぎ、切通岩と、この表銀座=東鎌尾根をほぼ独力で切り拓いた小林喜作のレリーフを見れば、大天荘への巻き気味の登りとなる。

 小屋に荷を置き、頂上2922.1mを往復する。大天井岳にはまわりのきらびやかな巨峰に比べて、これといった顕著な個性はないが、昨日の燕岳とともに一応、二百名山の中に入っている。頂上は折悪しくガスがかかって何も見えず。早々に下りる。

 ↓ 一応、記念写真 

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 小屋からは巻き気味の下りで大天井ヒュッテへ、さらに巻き道を辿り、ビックリ平で一休み。休んでいたら韓国の登山グループがやってきた。全員大荷物で強そうだ。半分近くは女性。どういうパーティー編成なのかよくわからないが、聞けば総勢12名で、9日間で立山までテント泊で縦走するとのこと。この後も上高地までの間に、結構多くの韓国人パーティーを見た。いわゆるツアー登山らしいが、最近はこうなのだろうか。彼らの目に映る日本の山、日本の登山者はどう見えるのだろうか。両国の歴史的関係はともかく、機会があればゆっくり話をしてみたいものだ。

 その後も赤岩岳を巻き、ヒュッテ西岳まで順調に進む。ほぼ予定通りの行程で終了。小屋に荷を置き、西岳頂上2758mを往復する。途中、比較的新しい熊の糞を見た。これ以外にも何ヶ所で見たが、これが最も新しい。参考のため(?)に写真をあげておく。右の長辺で約10cm弱。まあ、熊もいるだろう。雷鳥は今日も見えず。

 ↓ 参考のためとは言いながら、見苦しいものをお見せします。

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 小屋は小ぢんまりとした、感じの良いもの。ただし、寝場所が蚕棚の上段、トイレが外というのが少々辛い。

 途中前後していた韓国人パーティーのテント場の受付時に、何だか小屋の人がプリプリ怒っている。以前にルールを無視され、だいぶ嫌な思いをされたことがあるらしい。しかしそうは言ってもねえ。双方、それぞれの現地と国際的なルールを理解し、遵守することが肝要なのだ。国や民族の問題ではなく、あくまで個々人そのものの理解とモラル等の問題なのだが、つい「○○人は~!」と口にしてしまいがちである。困ったもんだ。自戒せねば。

 そう言えば、今日は女房の誕生日だった。誕生祝いという習慣はわが家にはないが、こうして一人山にいるというのも多少問題かなと、小さく反省する。

 

【コースタイム】8月3日

燕山荘発6:00~大天荘9:30頃~大天井岳~大天荘発10:30~大天井ヒュッテ11:03~ビックリ平11:40~ヒュッテ西岳14:10

 

8月4日

 山中三日目。快晴。槍ヶ岳に登り、槍沢を下る日、つまりメインの日である。登りの最大標高差は680m、下りの標高差は1380m、コースタイムは8時間半と最長の日。

 黎明の常念岳の左、東天井岳あたりから朝日が登る。槍穂連峰がモルゲンロートに染まる。細くせり上がる東鎌尾根が手強そうだ。

 

 ↓ 右、常念岳

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 ↓ 中央、槍ヶ岳 左に大喰岳、中岳

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 ↓ 右、北穂高 左に奥穂高から吊尾根をへて前穂

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 小屋を出て下りはじめればすぐに階段、梯子、鎖場と続く。以後も痩せ尾根は小さなアップダウンを繰り返し、それを縫うようにしていくつもの梯子、鎖場が連続し、気が抜けない。道そのものはしっかりしている。水俣乗越は計画上の最後のエスケープルートだったが、ここまできてエスケープする理由はない。ただし、Fさんのペースがやや遅いというか、私が遅れず付いていけている。何だか少しリズムが悪そうだ。あとで聞けば、やはりこの日が最もきつかったそうである。ヒュッテ大槍の手前の長い垂直の鉄梯子の下りなど、なかなかスリルがある。

 

 ↓ 手前、天丈沢 右の稜線が北鎌尾根 

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 ↓ 垂直の鉄梯子 鉄は意外と滑りやすい 

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 ようやくヒュッテ大槍に辿り着くと、Fさんはテーブルに突っ伏してしばらくグッタリ。だいぶきつかったとの由。ゆっくり休んだのち、ザックを小屋に預け、サブザックに必要最小限のものだけ入れて、槍の穂先へ向かう。ここまでよく晴れていたが、そろそろガスが去来し始めている。もう少し待ってくれないものか。

 肩の小屋の前から、いよいよ槍の穂へ。場所によって登り下り専用ルートのペンキの表示に導かれて、上に向かう。特に難しいということはないが、ところによっては2~3級の岩登りの領域である。われわれはともかく、こんなところをよく素人が登るなあと思う。団体の高校生グループの下りで、一部混雑している。ちなみにここを登るのにヘルメット着用が必須という話を聞いた。だが、穂高あたりではある程度有効だろうが、槍の穂に関しては、どだい役には立たないだろう。落石はほぼ落ち尽くしていて無いし、滑落ならともかく転落には無意味だと思われるからである。

 

 ↓ 頂上直下の鉄梯子

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 頂上直下の垂直の鉄梯子を二つ登り切れば、そこが頂上だった。

 標高3180m。日本第五位。言うまでもなく日本を代表する名山の一つである。前回来たのは1976年、芸大山岳部の夏合宿として、剣三田平での定着合宿終了後に縦走してきたのだ。入山後16日目だったと思う。雨にたたられた縦走だったが、槍の頂上だけは晴れていたように記憶している。翌年にはちょっとしたいきさつがあって山岳部を退部した。あれから40年…。

 宿累々たる岩の先に、小ぢんまりとした祠が一つ。手前にむき出しの三角点がなぜか二つ。あいにく、ガスがかかり、展望はかなわない。Fさんは数年前に亡くなられた御主人の遺影を取り出され、一緒に記念撮影。彼が見守っていてくれたから恐くはなかったとのこと。人それぞれ、いろんな人生をへて、この山頂に立っているのだ。かつての防高山岳部も、今や全員還暦を越えた。これはこれで感慨深いシーンだと言えよう。

 

 ↓ 頂上は白いガスの中

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 ↓ なぜ三角点が二つ?

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 ガスは晴れそうにもなく、下りにかかる。下りの方が登りよりも恐い。Kが鎖に体重をかけ過ぎてバランスを崩す。右腕に打撲と擦過傷。腫れあがる。Fさんは看護師で元養護教員。応急処置はお手の物。しかしそれ以外に特に問題もなく、下りきる。

 

 ヒュッテ大槍に戻り、ゆっくり休み、つけ麺なんぞを食す。13:10、槍沢ロッジに向けて下降を始める。歩程3時間20分と、先はまだだいぶ長い。振返って見ても、モレーンの堆積した長大な槍沢の上部はガスに覆われ、稜線や槍の穂先は見えない。残雪はコース上には全くない。Fさんのために、万が一に備えて持ってきた軽アイゼンがむなしい。

 水俣乗越からのルートを合わせる大曲をすぎ、横尾尾根の側壁、意外に立派な赤沢山の岩場などに気を紛らわしながら、坦々と下る。下からはまだ陸続と登山者が続く。この長い単調な槍沢を登りのルートに使うのは、気がめいりそうだ。やはり下りに採って正解だったと思う。

 パラパラと降りだした雨粒に濡れる間もなく、ようやく槍沢ロッジに着いたのは16:10。部屋を割り振られたあと、待望の風呂に入る。ただし、入ってから知ったのだが、環境保全のためだろうが、石鹸もシャンプーも置いてない。使用禁止とは書かれていないが、たぶんそういうことなのだろうと理解し、浴槽の外でお湯だけで洗髪する。それでもかなりスッキリした。ここに限らず、他の小屋の洗面所でも、歯磨き粉は使用禁止、場所によっては洗面も禁止となっている。それはそれで知っていれば納得できるし、賛成なのだが、知らずにいるとちょっとびっくりするだろう。

 ロッジの庭先から木の間越しに槍の穂先が見える。ここが槍が見える最後のところなのだ。よく歩いたものだと、一人ビールを味わう。

 ↓ 槍沢ロッジから見る槍の穂

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 部屋は三階で、蚕棚ではないのだが、屋根裏部屋状態で、なんせ暑い。一晩中暑かった。トイレは一階の奥。気を使うことおびただしい。やれやれ。まあ仕方ないですけどね。

 

【コースタイム】8月4日

ヒュッテ西岳発5:40~水俣乗越6:50~ヒュッテ大槍9:10/9:50~槍ヶ岳頂上11:05~ヒュッテ大槍12:30/13:10~槍沢ロッジ16:10

 

8月5日

 今日は逍遥しつつ上高地に下り、中の湯温泉に行くだけだ。私とKは今日中に帰宅可能なのだが、山口県在住のFさんは時間的にちょっと厳しいとのことで、ならばせっかくだからもう一泊温泉に泊まって、ゆっくり山旅の垢を落とそうというわけである。余裕である。

 槍沢ロッジの前から、最後の槍の穂先を一瞥して出発。梓川沿いの道はゆるやかに下ってゆく。朝の光が美しい。

 

 ↓ 世界は光でできている

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 ↓ 前穂東壁 左奥は明神岳

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 涸沢への道を分ける横尾からは前穂東壁がよく見える。徳沢からは奥又白、中又白方面を望みながら、皆にならってソフトクリームを食べる。このあたりまでくると梓川も開け、闊達な風景となる。規模はともかく、ヨセミテ渓谷と構成が似ているなと思う。違いはむしろ樹林相の豊かさだろう。

 急ぐ必要はない。明神橋を渡り、明神池を参拝する。明神岳を背景とするこの池は穂高神社の奥宮、神域とされるだけに、ある種の神々しさがある。そう言えば穂高神社の祭神である穂高見命は綿津見命の子で、つまり北九州経由でやってきた安曇氏とともに、要は海人系、東南アジア系なのである。池の入口には、御船祭のための龍神を象徴する船が置いてあった。内陸の山国、長野県=安曇野が、遡れば海人系だと言うことの、歴史的、民族的な不思議さ、面白さ。

 

  ↓ 神域明神池 後方は明神岳の諸峰

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 明神池からは右岸の自然探勝路を歩く。河童橋を渡れば、そこは観光客があふれる雑踏の地であった。山旅の終り、45年振りの防高山岳部夏山合宿の終了である。

 

 中の湯温泉へはバスで行くつもりで切符も買ったのだが、目の前で定員一杯となり、発車。次はウン10分後だと言う。暑い中で待つのが嫌さにタクシーに切り替え、行ってみたら驚いた。われわれが降車予定の中の湯バス亭から宿まで、歩けば登り一時間以上かかりそうなのだ。一言言ってくれれば最初からタクシーにしたものを。あやういところだった。

 中の湯温泉は立派なホテル。われわれの部屋はやはり登山者用と思われる質素な一室だったが、不満はない。あとはゆっくり一浴、一杯、夕食、そしてゆっくりと寝るだけだ。

 

【コースタイム】8月5日

槍沢ロッジ発6:30~徳沢園9:15/9:40~河童橋12:20

 

8月6日

 朝、目覚めて一浴。ここの宿は部屋からも、露天風呂からも、玄関ロビーからも、奥穂~前穂・明神の稜線、吊尾根がよく見える。右手にはたおやかでおほどかな霞沢岳の山体。

 

  ↓ 中の湯温泉から遠望する奥穂~前穂

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  ↓ たおやかな山容の霞沢岳

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 ザックは、K以外の二人は、宅急便で送ることにし、荷は軽くなった。バス亭まで旅館の車で送ってもらう。11日の山の日の式典のために今日からバス等の入山規制が始まったということだが、われわれには影響はなさそうだ。夏真っ盛りの道を、新島々までバス、新島々から二両の電車で松本駅まで行く。振返って見ても、前山が大きすぎて、槍や穂高といった奥山は見えない。

 松本で蕎麦とビールでささやかな打ち上げ。さて来年の夏山合宿はどこにしようかという話になる。百名山、山中小屋泊。う~ん、さて、どうしよう。白山?そう言われれば、考えざるをえない。

 

 かくて今回の山旅は終わった。30年振りの北アルプスはともかく、ハイシーズンの営業小屋泊は初めてのことであり、山中三泊の縦走もだいぶ久しぶりであった。そうした不安は、結果的には、何ということもなくクリアできたように思う。よくやったなというか、まだ俺もできるんだという実感と驚きもある。

 しかし逆に言えば、有名な山で、山中泊の縦走をするとなると、どうしてもかなりの確率で、シーズン中の営業小屋泊とならざるをえないという現実、テント泊はほぼ無理だという限界を認識したということでもある。小屋泊は最初からその気で我慢すれば、できないことはないということもわかった。何といっても荷が軽くなり、楽なのである。

 しかし、私は人の多い山と、営業小屋泊が苦手だということも、あらためて身にしみてわかった。今後、そのへんのバランスをどう取るかが課題である。まあ、それだけ名山と言われる山は魅力的だと、再認識したということでもある。