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艸砦庵だより

河村正之のページ 絵画・美術、本、山、旅、etc・・・

雪の奥武蔵・丸山から高山不動へ (2017.1.25)

【コースタイム】2017.1.25 快晴

芦ヶ久保駅10:25~分岐道標11:00~丸山(960.3m)12:30-12:55~カバ岳13:44~ツツジ山879.1m14:45~関八州見晴台16:20~高山不動~大久保入17:30頃~吾野駅18:40

 

 今年二度目の山は奥武蔵、丸山から高山不動へ。特に理由があったわけではない。そう言えばここしばらく奥武蔵には行っていないなと、ふと思いついたからである。

 奥武蔵は奥多摩の北東、東京埼玉の県境と、八高線秩父鉄道に囲まれた三角形の範囲だが、主脈の中心イメージは西武池袋線西武秩父線沿線である。私は西武池袋線とはけっこう縁が深い。18歳で東京に出てきて以降の24年間、目白、保谷、浦和、松戸、入間、西所沢、利根町、東久留米、福生市熊川と住み移り、その後、今の五日市に住んで早や20年になる。このうち目白(最寄駅は椎名町)、保谷、入間、西所沢という西武池袋線沿線で17、8年暮らしてきた。西武池袋線というのは、その何となくノンビリしたところが今でも好きである。当時は若い時のことゆえ、それらの土地にさほど愛着を感じたこともないが、近いということもあって、沿線の奥武蔵の山には足を向ける機会も多かったのである。

 しかし、いくつかの沢をのぞいては、あまり魅力を感じる山域であるとは思えなかった。北アルプスや越後、奥利根、南会津方面に行きたくはあっても、生活に追われ、時間も金も精神的余裕もなかった頃に、どちらかと言えば仕方なくといった感じで足を向けたことが多かったように思う。そのためもあってか、なんとなくうらぶれたような、さびしいような印象の山行の記憶が多い。そのせいか、最近はとんと足を向けなくなっていた。しかし嫌いな山域ではなかった。

 寒く日の短いこの季節、通い慣れ(すぎ)た中央線沿線ではなく、ふと思いついた奥武蔵は、ささやかだが滋味あふれる陽だまりハイキングを味わえそうに思えた。

 

 五日市をのんびりと8:25の電車で発つ(例によってこの「のんびり」を後で悔やむことになるのだが)。芦ヶ久保駅手前のトンネルを抜けると雪が残っている。この時期だから不思議ではないが、想定外である。数日前に都心でもちらついた時の名残りだろうか。ただし雪は北面だけのようであり、これから登るのは主に南面だから稜線も含めてまあ大丈夫だろうとたかをくくり、10:25に登りだす。しばらくは上の集落への舗装道路を辿る。振返れば痛々しくも頂上を削り取られた武甲山がそれでも大きな根張りを見せて鎮座している。下部の石灰岩地形には「谷川岳の岩壁にも匹敵する」と言われた、ありし日の面影がわずかながらうかがえるような気がする。

 

 ↓ 武甲山

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 ↓ *参考:ありし日の武甲山 昭和35年

 http://blogs.yahoo.co.jp/enduro_fuji/33172773.html より

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 舗装道路から分岐する道標に11:00。ここから山道となる。ほどなく雪の上を歩くようになる。南面ではあっても樹林帯の中は雪が残っていた。

 

 ↓ 雪が出てきた

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 推定75歳ぐらいの単独行のお爺さんを追い抜く。標高550mぐらいで尾根に乗ったあたりから以後高山不動までの稜線上は、8割方雪の上を歩くことになった。気温が低く、よく踏み固められている。軽アイゼンが欲しいところだが、持ってきていない。この時期は常時ザックにしのばせておくべきだろうか。そして、寒い。耳はちぎれそうで、鼻の穴の奥まで冷たい。ニットの帽子も必携であったか。手袋は軍手だし。反省点多し。

 

 ↓ 910m圏ピーク付近から西を望む

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 植林帯と落葉した広葉樹林帯を交互にすすむ。今回のルート全体を通してその割合はほぼ半々といったところ。踏み固められた雪面はむしろ歩きやすい。県民の森に至る林道(奥武蔵グリーンライン)を横切った先が910m圏のピーク(12:08)。いったん下って再度林道を横切り、登りつめた先が丸山山頂960.3m(12:30)。

 

 ↓ 丸山山頂手前

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 その直前で、素手で二本の枯木をダブルストックにして猛烈な勢いで登って来るおばさん(推定55歳)に追い抜かれた。山姥のごとしである。追い抜きざま、「頂上から雪のない下り道はどこか」と聞かれる。意味不明だが、後ほど頂上で再会した時に話してみると、芦ヶ久保駅近くの氷柱(人工の観光スポット)を見に来て、丸山が初心者コースだというチラシを見て登ってきたとの由。足回りも装備も山登りといった感じではないが、何にしても元気なものである。何か別の運動でもやってらっしゃる方なのであろう。

 丸山山頂には異様な雰囲気の大きな展望台がある。何でこんな無粋かつ不要なものをと思いつつ、とりあえず登ってみる。登ってみれば確かに展望台の名に恥じぬ大展望である。赤城から浅間、両神、八ツ、大岳から丹沢方面まで、ふだんあまり目にすることのなかった角度からの山岳展望を存分に楽しんだ。

 

 ↓ 丸山山頂の展望台

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 芦ヶ久保駅からここまでの標高差が約650m。あとは小さな登り返しはあるものの、おおむねゆるゆると下りかげんの行程である。大野峠で林道に出る(13:20)。凍結した舗装道路を歩くのを嫌って右側の植林帯に入れば、踏み跡がある。以後もしばらくの間は林道と並行した尾根上の登山道を歩くことができる。カバ岳の表示のある山頂らしからぬピークに13:44。その先からしばらく林道に並行する尾根は細くなり、岩場が出てくる。ちょっと山っぽく.、楽しい。ここで、今日出会った三人目の、なぜか半ズボンのトレラン姿の若者とすれ違う。

 

 ↓ カバ岳のカバは刈場坂峠のカバか 風情は無し

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 ↓ ツツジ山手前 風情あり

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 牛立久保、ツツジ山(別名:横見山)を過ぎると、舗装林道を歩く割合が増えてくる。ときどき林道脇の左右の小ピークへと導く道標があり、丸山(833m)、飯盛山(別名:センズイ816.4m)ほかの小ピークをいちいち御丁寧に踏むことになる。今回のルートは尾根上を林道(奥武蔵グリーンライン)が走っているということは、事前に知っていた。そのため昔からポピュラーなコースでありながら長く足を踏み入れる気にならなかったのである。それでも前半はあまり気にならなかったが、後半になり林道歩きの割合が増えると、いささかかったるい。飯盛峠あたりからは別荘まで出てきはじめた。

 

 ↓ 奥武蔵グリーンライン 味気なし

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 関八州見晴台も別荘のすぐ先というか裏というか。少々やり過ぎだろうと思う。関八州見晴台(別名:堂平山)は名前はちょっと大げさかなという気もするが、気持の良いところ。今日初めて富士山が見えた(16:20)。既に暮色が強い。

 

 ↓ 関八州見晴台 春の光…

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 ↓ 関八州見晴台より富士を望む 暮色が濃くなってきた

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 ここまで時間のことは気になっていた。例によって出発時間が遅いのは承知していたのだが、場合によっては途中の適当な所から降りれば良いと思っていた。結局慾にかられここまで来てしまったが、まあなんとか暗くなる前には西吾野駅に着けるはずだった。

 高山不動もゆっくり見ればそれなりに興味深そうなところではあるが、時間に追われ一瞥しただけで通過。最短距離の予定通りの南西の尾根からパノラマコースに向かう。植林帯の中、だんだん薄暗くなってきたが、道は幅広くしっかりしている。こういう時はギリギリまでヘッドランプは点けないものという、昔のセオリーに従って下っていった。それが間違いだったのである。(今のヘッドランプは性能が良く、むしろある程度早めに点けるべきだろう)

 南西の尾根の道は途中で二つに分岐し、その左に入る「パノラマコース入口」の表示は確認した。そこで山と高原地図も見た。山と高原地図にはパノラマコースしか記されていない。したがってそのまま進めば予定通りのルートを下れるものだと思い込んだ。一方、後になって見た2.5万図には、分岐の少し先で左の大久保入に下るおそらくはより古い道だけが記載されており、右に行くパノラマコースは記載されていない。ギリギリまでヘッドランプを点けなかったため、大久保入とパノラマコースを分ける第二の分岐を見落としたということなのだ。その場合、路そのものは古くからあるものの方が深く掘りこまれているために、足は自然にそちらに導かれたということなのだろう。ヘッドランプを点けた時にはすでにその第二の分岐を過ぎており、パノラマコースを下っていると信じ込んでいたのである。

 わずか二軒の家がある人里に降りたったのが17:30頃。すでに暗くなってはいるが、まあもう10分もかからずに駅だと思ったが、歩いても歩いても暗い林道が続く。ようやくおかしいと気づいたが、現在地点がわからない。しばらく歩いて人家が出てきたあたりで、予定とは違うところに降りてしまったと気づいた次第である。駅まで直線距離でいえば近いのだが、あいにくそこからは長く低い尾根を大きくまわりこんでいかなければならない。結局1時間ほどの残業の果てに吾野駅に辿り着いた(18:40)。

 

 またしても反省点の多い山行となってしまった。ルート自体に難しさはないが、そこを少々甘く見ていたということだ。といって特に焦るということもなく、勉強になりました、という感じであるが。

 ひそかに期待していた陽だまりなどなかった。天気は良かったが、寒すぎたのである。奥武蔵の魅力を再発見できたかどうかも、怪しい。まあまた機を見ていくつかのルートを歩いてみようとは思っている。

                         (記:2017.1.31)