艸砦庵だより

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「散策展」 うしお画廊 2017.5.15~20 作品紹介

 さる5月15日から20日まで、銀座のうしお画廊で「散策展」という5人(+1人)のグループ展をおこなった。

 当然このブログでもその案内をすべきだったのであるが、送ってもらったフライヤー(A4両面刷り)のデータを、どのようにして取り込めばよいのか右往左往しているうちに、いつのまにかどこかに失ってしまった。意気消沈しているうちに、あっという間に会期が始まり、あっという間に終わってしまった。どうも山行記録以外のブログを書くのは、フットワークが悪いというか、腰が重い。ちなみに水曜日の朝ギックリ腰になり、二日間休んだが、四日会場に行った。四日とも酒を飲んだ。

 

 まあ、終わってしまったことはしかたがないが、6日間の会期中に来ていただいた人は(今、手元に芳名帖が届いていないので正確にはわからないが)、だいたい300人から400人の間だったと思う。比較的小さな画廊としてはまあまあの数字かもしれない。5人の出品者がいるが、案内状を出した先は、ある程度重複しているだろうし。

 私自身は350~400通弱の案内状を出したが、その中で画廊に来てくれた人は何人ぐらいだろう。それも芳名帖をチェックすればわかることだが、そんなことをしてみてもせつないだけで、あまり意味はない。それぞれ都合も事情をあることだろうし。そもそも、そんな事を考え始めると、発表すること自体がだんだんネガティブに、面倒に、なってくる。

 だが、それはそれとして、実際に来られなかった人がいて、そういう人たちに見てもらえなかった作品があるというのは事実である。ならばこの際、「散策展」に出品した作品を、ここで紹介しようというのが、本稿の趣旨である。

 

 グループ展であるからには、どういう趣旨のグループなのかとか、どんな人が来たのかとか、ところで売り上げはどうだったのかとか、そうした現実的世俗的な問題もあるにはあるが、それはここではふれないことにする。それぞれ、微妙にデリケートな面もあり、それらを検証・考察・記述することがむしろ消耗につながりかねないからである。あくまで「散策展」に出品した私河村の作品のブログ上での再録ということである。

 

 一つだけ記すならば、今回の7点の出品作の選択で私自身が心がけたのは、出品数は少なくても(とは言いながら結果としては一番多く並べたのであるが)、作品世界においてある程度の幅広さを提示したい、ということである。出品メンバーの関係が、作品傾向や思想・テーマの上での共通性に基づいたものではなく、大学・予備校での知り合いといういわば同窓展的なニュアンスに立脚したものであったことから、そんなゆるやかな選択をしたのである。

 それぞれの作品間の関連は、基本的にはない。会場での展示、配置等のイメージも、個人としては当然ある程度はあったが、実際には画廊の方がすべて行われ、私は全く関与していない。そもそも展示空間ということでは、ある程度以上の大きさのある会場の個展でないかぎり、あまり興味が持てないというか、たいした問題ではないと思っているのである。

 

 なお、以下に掲載する画像は額装する前に撮影したものである。額装すればまた印象も多少変わる。また、紙の作品によっては反りや歪みがそのまま撮影されているものや、平面ゆえの歪みがそのまま出ているものもある。印刷の際など、本来はフォトショップなどで加工すべきなのであろうが、私にはできないため、そのまま掲載せざるをえない。御容赦を乞う次第である。

 以下、作品紹介。

  *凡例:出品番号 「作品タイトル」(作品番号) 制作年 サイズ 技法及び素材 発表 

 

 

1.「神殿」(680)

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2015~2017年 P80 自製キャンバスに樹脂テンペラ・油彩 未発表

 

 部分的にある、タッチで表現したところをのぞいて、すべての形を定規、コンパス等を使用して幾何学的に描いた。幾何学的色面によってのみ画面を構成すること。イメージのきっかけはモロッコのマサドラ(神学校)やトルコのモスクなどのありようである。結果としてやはりある種のエキゾチシズムが出てしまった感はあるが、それはやむをえない。

 

 

2.「立つをみな」(678)

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2015~2016年 P6 自製キャンバスに樹脂テンペラ・油彩 未発表

 

 「をみな」とは「おんな」の古語。モデルはいない。意味もほとんどない。想像の産物である。何となく高飛車で現代的な謎の女。

 

 

3.「渡海」(530)

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 2008~2010年 29.7×35.3㎝ 和紙(紅花漉き込み:軍道紙)に膠引き、コラージュ・アクリル・蜜蝋・油彩・凧糸 パレット画廊(周南市)/2011年

 

 今回出品した中では最も古く描きだしたもの。あきる野市にあるあきる野ふるさと工房では東京で唯一残っている手漉き和紙、軍道紙を作っているが、そこで注文して作った紙を使用。紅花が漉き込んであり、いささか表情が強すぎるが、それをどう活かすかということ。結局あしかけ3年もかかってしまった。なかなかまとまらなかったが、画面左下の、たぶんミャンマーあたりの小舟に乗った僧侶の写真をどこかの雑誌かパンフレットで見つけていっきょに完成した。作品タイトルもそれに由来しているが、もう一つ那智あたりで行われていた「補陀落渡海」のイメージも滑り込ませている。曼荼羅の左下の女性像は昔のフランスのお札の絵柄。

 

 

4.「南方の話」(563) 

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2010年 42.5×57.3㎝ 台紙に厚口和紙・膠引き、アクリル・油彩・コラージュ・砂  パレット画廊(周南市)/2011年

 

 中央に貼りこんであるのはトルコで買ったコーランの一頁。モンゴル仏教のお経やスリランカの貝葉経、道教の護符、寺社印、聖書など、宗教的な紙ものを素材として使うことがあるが、それらは日本の漢文の本や謡曲本、ルーン文字ギリシャ語の詩集等の、様々な言語・文字に対するのと同等の興味からである。むろん宗教そのものへの(批判的、比較文明論的な)関心はある。

 この作品に関してはいたって単純で、異国趣味(エキゾチシズム)であると言えばその通り。一つの文字の記された形(頁)を中心に、どのように魅力ある異文化、異風土を感じさせるかということ。上の左右の隅の青色は40年ほど前に山梨で入手したアズライトの鉱石をその後精製し(てもらっ)たもの。下の左右の隅の円弧はスリランカで採取した土だったか。周辺の銀彩はマージンであり、本来はマットの下に隠れる部分。

 

 

5.「胡姫」(565) 

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2010~2016年 31.4×23.5㎝ 厚口和紙にアクリルクラッキング地、樹脂テンペラ・油彩 未発表

 

 イメージの源はずいぶん前、20年か30年くらい前の新聞に載っていた図。図柄はほぼそれを忠実になぞっているが、左右の向きと大きさと色合いを変えてもう1点並行して描いた。図だけを切り取ってスクラップしていたのだが、解説の部分は切り取っておかなかったので、どこのどんなものだか、作者も、大きさも、素材も、何も知るところがなかった。4年前にインドに旅し、タジマハ―ルの一画にある美術館に入ったところ、その実物があった。10数㎝ほどの、何と象牙の薄板に描かれたミニアチュール。薄い象牙のゆえか、半透明感のある、実に美しい絵だった。それに比べ、本歌取りを狙った私の作品のなんと下手糞なこと!赤面ものである。まあ、あしかけ7年もかかった(実際何度か途中で放棄しようかと思った)事に免じて、勘弁してもらいたい。その美術館では撮影禁止だったため、写真は撮れず、いまだに作者の名前も知らないが、影響される源はまあ、そんなものであっても良いと思っている。ちなみに今回は作者の名前がわからず、できなかったが、いつもは他の作者の作品からはっきりと引用、サンプリングする場合には、その作者がわかるような頭文字とかをタイトル中に入れることにしている。

 周りのひびわれた部分はクラッキングという名のアクリル系の内装用の塗料。2種類の塗料を混ぜ合わせて使う。20年、あるいはそれ以上に買ったもので、今はよくわからないが、当時は一斗缶入りでしか売っておらず、そんなに量を使うものではないため、いまだに大量に残ってはいるが、もう賞味期限切れというか、使えないのではないかと思う。処分するのもたいへんだ。

 

6.「晶徴」(686) 

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2015年 51.2×36.2㎝ 台紙に和紙(宇陀紙)、鉛筆・銀筆・アクリル・水彩 未発表

 

近年というか、長く画面に現れてくる三角錐状の形体を、単独ではなく、組み合わせるということに最近少しこっている(?)。三角錐状の形体は一種の象徴装置。その「象徴」の「象」を「晶」の時に置き換えてみる。そうした言葉遊び、文字遊びの例も最近少し多い。

 

 

7.「森の中で」(706) 

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2016年 35.3×28.7㎝ 和紙に水彩・アクリル・アラビアゴム 未発表

 

 北方、あるいは北欧の旅の印象というか、イメージ。紙を使った作品ではほとんど膠(ドーサ)をひいて目止めをするが、ここのところ目止めをしない生のままの和紙を試みている。単独ではほとんど使わない透明水彩やアラビアゴム+顔料の味ももっと追究してみたい気もあるが、やはりしっかり絵具を置くということでは今のところアクリルにならざるをえない。グアッシュはなぜか相性が悪いというか、使いこなせない。墨を使うというありがちなことはしたくない。課題である。

 

 以上、7点。

 カテゴリーとしては「個展」ではないし、「美術・展覧会」でもよいが、ここは主に他者の作品や展覧会を扱う場だし、やはり「逍遥画廊[Gallery Wandering]」ということになるだろうか。あらかじめ計画的に設計したカテゴリー群ではないので、今一つ使い勝手が悪い面もあるが、まあ融通無碍ということにしよう。