艸砦庵だより

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権現山から麻生山・三ツ森北峰

 私の最も好きな山歩きの季節は、四月中旬から五月いっぱいにかけてである。最近の山歩きの中心である東京近辺の山を前提としての話だが。

 その四月五月に、今年は三回しか行けなかったというか、行かなかった。その三回も奈良県の観音峰山、三輪山山口県の寂地山と、西日本の山である。いずれもほぼ他動的な縁によるもので、行った山に別に不満はないが、肝心の東京近辺の四月五月の山に行けなかったことを残念に思うのである。落葉広葉樹林帯の木々の、芽吹きから新緑へと推移してゆくあの美しさを、今年は見ずに終わってしまったのだ。

 四月は伊勢志摩・大峰・奈良と結んで6日間家を空けたほか、あれこれと用事が多かった。五月は思いがけない郷里山口での葬式や、グループ展、ギックリ腰などがあった。また制作の金箔貼り関係の作業で、丸3日は費やした。忙しかったのである。だから、葬式のついでの一回だけでも良しとしなければならないかもしれない。

 まあそれは良い。そうこうしているうちに、前回の山行からまた中一ヶ月空いてしまった。早く行かねばならない。早く行かないと梅雨入りしてしまう。

 

 今回の山は権現山。中央線の上野原から猿橋の北方で長く東西に延びる尾根である。尾根と書いたが、周辺の山から見て、その長く延びる大きな尾根の存在を指摘することはたやすいのだが、それが何山なのかというのは判りにくい。明瞭な三角形の山頂や特徴的な山容を持っておらず、長く大きいだけが特徴で、とらえどころのない山なのだ。そうは言っても、そこには当然最高地点があり、それに権現山の名が冠せられている。一般的には昔からそれなりによく登られている山である。しかし私の印象としては、上記したように、何となくとらえどころがないというか、個性が見えないという印象だった。個性的ではないというのが、この山の個性なのか。また、アプローチの便が悪く、しかも長丁場のコースだと思い込んでいて、食指が動かなかったのである。

 しかし、赤線が増えた地図の中で、その一帯だけが赤線の空白地帯であることが気になる。調べてみると、確かにバス便は午前中1本だけだが、歩程としてはそれほど長くもない。そんなにハードルの高い山ではないのである。ハードルは私の起床時間だけだ。平日午前中1本だけのバスは上野原駅発8:30。それに合わせて五日市を6:52の電車に乗ればよい。いつもより少し早いが、仕方がない。

 

 いつにもまして寝不足のうちに、5時前に目が覚めた。寝不足だけなら仕方がないが、何を寝呆けたか、勘違いして1時間も早い5:47の電車に乗ってしまった。やっちまったことは仕方ないし、早く着くのはむしろ良いことだと思ったが、よく考えたらバス時刻まで、1時間半も待つことになる。上野原駅のバス・タクシー乗り場がある側は、本当にバス・タクシー乗り場しかない。そして一台のタクシーだけが止まっている。とりあえず用竹バス亭まで幾らぐらいかかるか聞いてみた。2500円くらいかなという答え。若干のためらいもあるが、1時間半待つ気にはなれず、タクシーに乗り込む。あると思っていたコンビニもなかった(反対側にあったようだ)ため、途中のコンビニに寄ってもらい、弁当、飲み物を買う。

 用竹バス亭のまだ手前で、メーターが2800円を超えたところで、運ちゃんはメーターを止めてくれた。2500円くらいと言った手前、バツが悪かったのか。そのままだと3000円は超えただろうから、とりあえず感謝である。

 

 いつもに比べるとずいぶん早く7:30に歩き始める。バス亭から左に舗装道路を辿り、すぐに標識に従って右に入る。その道の突き当たりから山路になる。炭焼窯の跡がある。路は幅広く、雑木林の中をゆるやかに登ってゆく。

 

 ↓ 登り口近くにあった炭焼き窯跡

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 ↓ こんな感じ

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 おおむね展望はきかないが、それでもところどころで展望が開けるところがある。新緑というにはやや緑が濃くなり、初夏の山の風情であるが、気持が良い。

 

 ↓ どの辺の山か、まだ見当がつかない

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 神戸山道分岐で主稜線に乗る(8:02)。主稜線に出ても幅広い路は尾根を丁寧に右に左にと縫うように、ゆるやかに続き、実に歩きやすい。墓村への分岐を過ぎ、三本松908.9mの三角点は気づかないうちに通り過ぎてしまったようだ。2時間ほどで寺入山1028mの山名表示を見つけた。特に山頂といった感じもなく通過する。

 

 ↓ ゆるやかで幅広い路 あふれる緑光

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 ↓ 寺入山山頂

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 雨降山1177mは大きなアンテナや観測所が立ち並んでいて、立ち寄りようもなく、早々にそのかたわらを通りすぎる。「すみれの丘」の表示があったが、盛りはもう終わっただろうと通りすぎる。

 ともあれ、この尾根は自然林と植林が交互に、あるいは左右に現れる林相で、思っていたより自然林の割合が多い。楢を主とし橅も交えた自然林のところは、特に気持が良い。

 

 ↓ 広葉樹林と針葉樹植林帯の違い 植林帯は光も彩も乏しい

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 歩いているうちに、ふと一基の馬頭観音が佇んでいるのを見つけた。観音像は刻まれておらず「馬頭尊」の文字。裏面を見ると明治38年11月、表には桑久保の文字が刻まれている。桑久保は南麓の集落の名。それで気がついた。この登山道は、昔の馬や牛に荷を運ばせていた交易路、生活道だったのだ。ふつう新しくつけられた登山道は、稜線上をそのまま忠実に辿るようにつけられていることが多い。その元になった仕事道の性格が強いものでは、可能な場合はピークを巻くようにつけられているが、それでもここのように可能な限り急登を避けるようにゆるやかに、丁寧に尾根を縫うように、しかも幅広くはつけられていないものである。ここの主稜線がおおむね幅広く、またそれを可能にする地質だったということなのだろう。明治38年といえば1905年、100年以上前だ。いつ頃までこの尾根を馬や牛が荷を運んでいたのかはわからないが、おかげで(?)今日こうして、ゆるやかな道を楽に歩けるというものだ。

 

 ↓ 刀痕も潔い

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 ところどころに山ツツジの朱い花が咲いている。

 

 ↓ 山ツツジ

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 ↓ 笹尾根と左:三頭山

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 そろそろ大宝沢ノ頭1245mあたりかなと思うあたりで、ふと足元を見ると、なにやら赤く塗られた三角点のような標石がある。側面には「㤙(恩の異体字)」と「九七」の数字。以前にも見た御料局三角点には「三角点」の文字があった。「恩賜林」という単語が思い浮かんだ。思い浮かんだが、その内実は全く記憶にない。そういえばこの標石自体もこれまで何度も見かけたことがあるような気がする。帰宅後の事後学習で「明治末期に山梨県に下賜された山梨県内の元御料林の通称。現在は県有林で、管理の一部を恩賜県有財産保護組合(通称 恩賜林組合)などが行っている。(ウィキペディア)」と知る。この標石は恩賜林の境界を示す標石だったのである。それはそれとして、ではその恩賜林という措置は、水害で苦しんだという山梨県民に対してだけ行われたのだろうか。そして恩賜林は山梨県以外には存在しないのだろうか。新たな疑問が出てきた。

 

 ↓ 恩師林境界標石

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 その少し先に御社がある。近寄っていくと、このあたりでは珍しい大岩の上に鎮座しているが、社に登る石段そのものが、その大岩を刻みこんで作られている。小さな足掛かりを岩に刻んでいるのはよく見るが、このようにしっかりした階段を大岩から直接彫り出しているというのは、ちょっと珍しいのではないだろうか。御社は大ムレ(群)権現。権現山の名の元だ。あまりパッとしない山頂よりも、やはりこのような巨岩を依代(よりしろ)として必要としたのだろうか。

 

 ↓ 大群権現

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 ↓ 大岩から彫り出された石段

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 大群権現の脇からは左に水平に続く古い道型を捨て、裏手の尾根を直上する。ほどなく権現山頂上1311.9mに着いた(11:15)。さほど頂上らしいところでもないが、周辺には山ツツジが咲き、北側には三頭山から奥多摩方面が望まれ、気分は良い。良い位置にある山だなと思う。ともあれ、登り口の用竹が標高337mだから1000m弱の登り、ゆるやかではあったが、充分登ってきたのだ。

 

 ↓ 権現山山頂 二つの三角点(?)

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 ↓ 山頂からの三頭山とその奥、奥多摩の山なみ

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 ここにも三角点?が二つある。側面は削られているようで、何も読みとれないが、例の御料局三角点か、あるいは先ほど見た恩賜林境界票石かのいずれかだろう。昼食を食べていると単独行の年輩の男性がやってきた。この日会った唯一の人。

 

 権現山頂上からさらに西に進む。ふだん通りだったら、ここから浅川方面に下りる確率が高いのだが、今回は時間的にも余裕がある。麻生山、さらにはその先の三ツ森北峰を目指す。まあ例によって欲をかいたのである。浅川への分岐からは、多くの人はそこから浅川へ下るようで、歩く人が減るせいか、心もち路も細くなる。これまでと異なり、植林帯がほとんどなくなり、ほとんど広葉樹林。ゆるやかに下りながらまことに気分が良い。途中、エビネのような花を見つけた。まだ蕾だったせいもあるが、正確な名はわからない。また「㤙 四三」と刻まれた恩賜林の票石があった。

 

 ↓ エビネ? どなたか名前を知っていたら教えてください。

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 快適な尾根歩き1ピッチで麻生山頂上1267.5mに着いた。麻生山の名を「地図の四隅に秘境あり」との名言と共に知ったのはだいぶ前のこと。確かに麻生山は五万図「五日市」の左下隅に、山名はなく、三角点と標高のみ記されている。見落とされるべくして見落とされる山だと言えよう。だからこそ「地図の四隅に秘境あり」とは名言なのである。この名言、出典は『静かなる山』『続・静かなる山』(川崎精雄・望月達夫・ほか 茗溪堂)あたりかと思って見てみたが、見当たらない。あるいは麻生山とは関係なく、深田久弥あたりだったかもしれない。

 

 ↓ 麻生山山頂 特に展望もなし

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 麻生山から先、左へ駒宮への分岐(尾名手峠?)を分けると、尾根筋はそれまでと変わって岩場混じりの細いものとなる。変化があって楽しい。急なアップダウンを少しばかり繰りかえした先が、三ツ森北峰の頂上(13:23)。南側の見晴らしが良い。その南側の木には、なぜかデコラティブな大きな鏡が取り付けられている。ちょうど晴れていれば富士山が大きく見えるはずの方向である。今日は雲がかかっていて見えないが、富士山と鏡に映る自分とを比較対照して反省せよ、ということか。それとも少し割れていることを含めて現代アートなのか。必ずしも100%嫌味ではないが、意味不明である。なお「北峰」の手書きの表示板には1202mと記されているが、地図で見てわかるように標高点はないものの、正しくは1250m圏である。

 

 ↓ 本来は富士山が見えるはず この鏡は???

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 ちなみに三ツ森というが、三ツ森が三つの山峰であるとして、ここがその北峰とすれば、南峰はどこなのか。地図を見ると北に三つピークが連なっている。この三つが三ツ森なら、ここは北峰ではなく南峰にあたる。ここを北峰とするなら南西の麻生山までを三ツ森ということになるが、さて本当はどうなのだろう。ともあれ一人っきりの静かな山頂を堪能した。

 

 下りの鋸尾根には地図とは違って、少し主稜線を行った先の分岐から入る。この尾根も広葉樹主体の気持の良い尾根。二つほどある小ピークは左に巻く。下るほどに幅広い、ゆったりとした歩きやすい尾根となる。

 

 ↓ 鋸尾根の上部を見上げる。まだ尾根は少し細い。

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 ↓ 鋸尾根の下部 尾根はだだっ広くなる

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特に問題もなく、小姓集落に降り着いた(15:05)。一ヶ月ぶりということもあって、後半、足はあちこちだいぶ痛んだが、まあこんなものだろう。

 橋を渡れば杉平入口バス停だが、バスが来るまで40分以上ある。せっかく初めて来たところなのだからと、いつもの流儀で歩きだす。路傍にはいくつもの石仏がある。丸石神がある。かたわらの林では猿の群れが騒いでいる。

 振返ると、どうやら「三ツ森」の名の由来と思われる山容が見えた。ただし山座同定には自信がない。浅川入口バス停まで歩き、15分ほど待ってやってきたバスに乗った。

 

 ↓ どうやらここからの眺めに三ツ森の名のいわれがありそうだが…

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 今回は出発時点でのミスから、かえって余裕のある山行ができた。山そのものも予想以上に良い山で快適だった。特に権現山以降は樹林の相もさらに良くなり、また変化もあって楽しめた。この周辺はもう少しルートがとれそうである。もう一ヶ月ぐらい早い時期に再訪してみようか。

 

 ↓ 山ツツジ

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 ↓ ギンリョウソウ

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【コースタイム】2017.6.5(月)(晴れ)

用竹バス停留所7:30~神戸山道分岐8:02~寺入山1028m9:40~雨降山10:15~和見分岐10:20~権現山11:15‐40~麻生山12:36~駒宮分岐12:58~三ツ森北峰13:23‐38~小姓登山口15:05~杉平入口バス停15:25~浅川入口バス停16:00‐15~猿橋駅