艸砦庵だより

河村正之のページ 絵画・美術、本、山、旅、etc・・・

旧論再録 「表現のはじまりとしてのアウトサイダーアート」

はじめに

 (長いです。旧論と合わせてA4 13ページ分あります。すみません。)

 

 先に山口県の山に登った時のことを3本、ブログにあげた(「狗留孫山」「馬糞ヶ岳」「天神山」)。その流れで次に「これはアウトサイダーアートなのか?~山里に群れなす怪獣たち (カテゴリー:路傍のアート)」もあげた。その文中でアウトサイダーアートの定義の一例をあげておいたのだが、同時に「今ここでそのことについて詳述する気はない。別のカテゴリーで、そのことにふれた拙稿〈表現のはじまりとしてのアウトサイダーアート -美術と教育の基層として-〉をあげておくので、そちらを参照されたい。」と書いた。

 そう書いたのは、その稿が『平成16年度「広域科学研究経費」に係わる報告書「アートセラピーの現状調査とアートセラピスト要請プログラムの開発」』(東京学芸大学大学院教育学研究科芸術系教育講座 東京学芸大学美術・書道講座 2005年)という、かつて大学に勤めていたころに発行した報告書に載せたものであり、したがって一般には大学の図書館にでも行かないかぎり、読むことがほぼ不可能だからである。

 

 大学の研究紀要や、報告書などといったものは、実は読まれること、きわめて稀である。部数も少なく、流通に乗ることなく、一般の人の目にふれる機会もない。同じ専門の教員・研究者・学生等であっても、読まれることはほとんどないといったものが大半である。

 近年は大学の教員であるかぎり、分野を問わず、研究成果としての論文の発表を、そしてその数を求められるようになってきた。論文を含めた研究成果が業績評価として毎年提出を求められ、点数化され、時に昇任人事や昇給等の審査の対象とされる。そのため、書きたくもない、書くべき必然性もないのに、必死にアリバイ作りとしての作文に励まざるをえない教員も多い。その結果、ほとんど中身の無い、レベルの低い、実証検証不可能な作文を載せた研究紀要やら報告書が発行され続け、頁を開かれることもなく、そのまま大量の資源ごみになっていくというのが実情なのである。むろん有意義で貴重な論文もまた多くあるのだろうが、そうでないもの方が圧倒的に多い。その費用は国費=税金でまかなわれている。

 ここで、そうした大学の実情とか、税金の無駄遣いについて言及する気はない。擁護する気はないが、一種の必要悪と言えなくもないからである。

 画家である私自身、優れた論文の書き手であったという自信はさらさらない。作品制作=個展やグループ展などは、論文とは別のカテゴリーで業績評価の対象として認められているが、だからと言って論文を書かなくて済むというわけにはいかない。いくら俺は画家だと言ってみても、大学院教育学研究科芸術系教育講座美術・書道講座に籍がある限り、そのことはまぬがれられない。

 しかたなく、書いた。書けば案外、書ける。時にはある種の面白さすら感じることもあった。芸術系の論文であるから、自然科学系における実証・検証可能性ということには及ばぬまでも、事実性を何よりも大切にし、その観点から調べ、まとめ、そして自分自身のオリジナルな考察を導き出してゆくという過程は、意外と面白かったのである。とは言え、ありていに言えば、私の書いたものなど、どちらかと言えばエッセイ(ある一貫性のある論にのっとって書かれたもの)にすぎなかったというのが正直なところであり、しかも本当にすてきなエッセイは、結局一本も書けなかったように思われる。

 

 ともあれ、件の論文はその報告書に載せたままで、Web上にあげることもなく、以後日の目を見ることはなかった。今回のことを機に久しぶりに読み返してみると、案外まともなことを書いている。もちろん今現在の目で読むと、訂正すべき点は多くあることはあるのだが、肝心の問題はいっこうに研究・改善されていないことにも気づくのだ。

 拙論を書いて以降にも、世界的動向を受け、日本でも急激にアウトサイダーアートないしエイブル・アートの認知度が高まっている。にもかかわらず、アウトサイダーアート自体の定義性、領域性等は曖昧なままであり、またそれらの要因である病理との関係が等閑視されたまま、せいぜい福祉との関連だけで流通することにより、アウトサイダーアート自体が「恐カワイイ」消費物と化しているという点である。

 この2点に関して、関係者の口は奇妙に重い。なぜ、知的ないし精神的障害にもかかわらず、人は絵を描くのか。描きうるのか。そして時として、その中に前例を見ないような美しさが立ち現われることがあるのか。そうしたことに対して、医療関係者ですら、明解な答えを示しえない。ゆえに、認知度と人気の高まりという俗な現象とは別に、「絵とは何か」、「人はなぜ絵を描くのか」という根源的な問いこそが問われ続けなければならないのである。私はその問いゆえに、アウトサイダーアートに惹かれ続ける。

 

 前書きはこれくらいにしよう。私にしたところで、上記の2点に対する有効な提案は示せなかったし、また根源的な問いに対しての答えなど、おそらくは出せようもないのだろうから。

 私が以下の拙論で示したかったことは二つある。一つは問題に到達するまでの道筋の整理の提案である。二つ目は、問題の本質を解明しえないにしても、事実として存在する障害者(及びそのアート)へ向き合うであろう、新任教師たちの教育現場での心構えについてのなにがしかの提案といったようなものである。

 以上、旧論を再録するに至った経緯である。内容、字句等に関しては発表当時のままで、一切訂正は加えていない。

 

(註:挿入図版は今回ブログにアップする際に追加したもので、論稿中には含まれていない。)

 

 ↓ 最近見たアウトサーダーアートの展覧会 アドルフ・ヴェルフリ

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 ↓ ヴェルフリの作品

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----- 旧論再録 -----

 

表現のはじまりとしてのアウトサイダーアート -美術と教育の基層として―

平成16年度「広域科学研究経費」に係わる報告書「アートセラピーの現状調査とアートセラピスト要請プログラムの開発」 pp.50-60

東京学芸大学大学院教育学研究科芸術系教育講座 東京学芸大学美術・書道講座 2005年

 

1.はじめに

 本プロジェクト「アートセラピーの現状調査と研究―アートセラピスト養成プログラムの開発―」は、本学におけるアートセラピスト養成の可能性を探ることを主目的としたものである。その一環として、本学で「アートセラピー」の授業を担当されている安彦先生の主導により、平川病院ほか二病院と連携した「描く―心の杖として鏡として―展 精神病院での芸術療法・37年の軌跡」が開催され、併せてシンポジウム「美術の力―臨床の現場より―」が催された。

 私は種々の事情からプロジェクトの全体にかかわったわけではない。しかし、今回のプロジェクトの中で一つの重要な軸であるところの精神的障害者の制作する美術が一般にアウトサイダーアートという範疇で語られることが多く、その意味で、以前から私自身の制作・研究の上からもまた教育的観点からも、強い興味を持っていた。そのため、本企画の中のシンポジウム「美術の力―臨床の現場より―」にパネリストとしての参加を求められたとき、アートセラピーというものを「アートによる治療」という観点からではなく、「アートすることによる癒しの可能性」を含むもう少し幅広い観点からとらえるのであれば、私自身のスタンスとのかかわりが確認できるのではないかと考えた。またそれと同時に、実際の授業における取り組みを紹介することによって、教育との接点における可能性を示唆できるのではないかとも考えた。そのことは、かねてから必要だと考えていた、学生や若い美術家にアウトサイダーアートの鳥瞰図を示すということにもつながると思われた。それらは次の二つの理由を根拠としている。

 一つ目は美術史的観点との関係、とりわけ近代から現代美術史において顕著に指摘できる以下の理由による。すなわち、美術は常にその属する社会と文化の中で、アカデミズムに代表されるその時どきのスタンダードによって自らの構造を維持してゆくと同時に、その一方でそれとは対照的な他者性・外部性を取り込むことによって、自らを更新・展開してきたと考えられるという点である。この更新がスムーズに機能しない時、例えば相対的な安定期、つまり他者性・外部性の導入量の少ない時期にはマンネリズムが発生する。こうした傾向は美術において特に著しいが、音楽や他のジャンルにおいても同様な傾向が見られる。

 障害者のアートに代表される、いわゆるアウトサイダーアートは、まさにその他者性・外部性として発現する。すなわち表出および表現のエネルギーの発露それ自体を自身の根拠とするということ、そしてそれゆえにアウトサイダーアートは更新という変革作用に不可欠な異質性を担保するものだと考えられる。なぜならばスタンダードではなくアカデミックでもないそれらの埒外(アウトサイド)において発現し、唯一の根拠であるところの自身すら時には宙吊りにするという異質性のゆえに、安定に対する刺激であり、挑発であり、異化作用であり続けるからである。

 二つ目を言う前に、ここでアウトサイダーアートという語の定義についてふれておく必要があるだろう。一言で言えば現在のところ、その定義は多様であり、錯綜している。それぞれの依拠する地点によって様々な定義が成り立っている。後述するように、私がこの言葉に興味を持ったこの20年ほどの間でも様々な定義と名称が提案されている。それらを概観した中から、とりあえず現在もっとも妥当かつ幅広い定義と思われるものを引用してみる。

 

アウトサイダーアートの定義】

(1)背景:過去に芸術家としての訓練を受けていないこと。 (2)創作動機:芸術家としての名声を得ることでなく、あくまでも自発的であること。(他者へ

の公開を目的としなければ、さらに望ましい) 

(3)創作手法:創作の過程で、過去や現在における芸術のモードに影響を受けていないこと。

http://outsiderart.ld.infoseek.co.jp./preface.html アウトサイダーアートとはなにか/アウトサイダーアートの世界)

 

 ↓ アウトサーダーアートのスーパースター  ヘンリー・ダーガーの作品

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 ↓ ヘンリー・ダーガーの作品その2 彼の作品は保存のため、今後まとまった展覧会は開催されないそうだ。

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 この三つの定義を個々の事例に当てはめようとすると、現実的には無理が生じる場合もあるが、とりあえずここでは「インサイド=内側・制度内の公認された」という事に対する、「外側」に立つ人々によってなされた美術という意味にとらえておけばよい。

 以上の三点を基準に考察を進めようとすると、インとアウトの境界線自体の意味が問われてくる。そして、やや強引に結論づければ、インとアウトとは規範・規定や習慣の問題にすぎない、すなわち多くの場合、相対的なものでしかないと言うことになる。したがって両者は交通可能なものであり、決して特殊な存りようではない。むしろ因子としては普遍的なものであると考えるほうが自然である。言い換えれば、誰もがそうでありうるということだ。それは芸術表現における、ある意味での普遍的要因であると考えられるからである。それゆえに個々の作品が成立する背景を抜きにして、我々は作品それ自体に共感可能なのである。その結果、二つ目の理由であるところの、そこから新たな美の領域とそれを感受しうる感覚の拡大という問題の所在が明らかになるのである。これについては4.「アウトサイダーアートの可能性」であらためて述べる。

 

2.「プロジェクト学習」における取り組み

 前述の定義(1)からすれば、多くの一般学生や子どもが作るアートはかぎりなくアウトサイダーアートに近い位置に在ると見ることが可能である。これは教育的観点から表現というものを考えるときに、重要なポイントとなる。

 私は本学の現行のカリキュラムが発足して以来、現在に至るまでの4年間「表現のはじまりをさぐる」をテーマとした「プロジェクト学習科目」という授業とかかわってきた。その中で私が直接担当しているのは、「美術表現のはじまり」をテーマとした「応用・1 色・形による表現(2)」および「総合演習」である。私の担当する「プロジェクト学習-表現のはじまりをさぐる」は当初、コーディネーターを含めて音楽科教員3名、国語科教員1名、美術科教員1名でスタートし、現在は音楽科3名、美術科2名の構成である。コーディネーターをのぞいた音楽科と美術科の教員がそれぞれ2年前期に基礎1・2を、後期に応用1・2を担当し、3年前期に総合演習を実施している。対象学生は幅広い分野に分散している。

 このプロジェクト学習は、実質的には「総合的な学習」に対応するものとして構想されたものである。余談になるが、ここにきて、教育行政のレベルでは、その成果の検討のみならず、実施や運営の情況の検討すら充分になされないうちに、「ゆとり教育から学力へ」といった言説にもとづいて総合的な学習そのものの見直しが取りざたされている。本学の平成19年度からの新しいカリキュラムにおいても、それに呼応したかのように「プロジェクト学習」の規模の縮小が規定事実化されようとしている。総合的な学習に対応した大学教育を受けた教員が現場に出るか出ないかのうちに、つまり総合的な学習に対応した感性やスキルを発揮する機会さえ十分に与えられないままに、異なる論理によって現在の総合的な学習縮小論は規定事実化されつつあるのだ。しかし、ここではそうした教育史上まれに見る教育行政の展望の無定見振りを批判しようとするものではない。

 またこれも余談になるが、「表現の始まりをさぐる」というテーマからすれば、美術と音楽にとどまらず、各専門教員による「言葉による表現」や「身体的表現」、「演劇的表現」なども含んだものとして構想されるべきであったかもしれない。実際、当初はそうした構想もあったと聞くが、現実には縮小した形でおこなっている。他のテーマを見ても多くは同様の経過をたどっている。教科横断や教科連携という趣旨からすれば、スケールダウンの観は否めない。総合的な学習という従来無かったタイプの教科に対する、専門性を軸とした多くの大学教員の意識の限界と、また総合的な学習という教科そのものの難しさを露呈したとも言えるだろう。その結果、毎年のように、必要な授業数を確保するのに苦労するという情況が繰り返されている。

 私個人としては、美術というものの本質を創造性に置くかぎり、ごく自然に総合的な学習の趣旨に多くの部分が重なると考えている。したがって両者の関係を、柔軟で流動的なものとしてイメージすることができる。しかし、学校教育における美術や図画工作といった教科性を起点に考えると、自ずと別の難しさが発生することも理解できる。また、大学教員がいわゆる教科教育と教科専門に分けられてきた経緯と現状からすれば、上記のような意識と意欲の限界は理解できないものではない。そしてまた、現場の教師達がかつて学生時代に受けてきた教育に依拠し、それを繰り返すかぎりにおいては、同様の問題が生まれることも予想されるのである。

 ともあれ、一般学生を対象とし、総合的な学習の趣旨と対応すべきものと位置づけられた「プロジェクト学習-表現の始まりをさぐる」を実施する上で重要なのは、いわゆる専門科目の意味および手法と、どのように差異を設定するかである。また教科横断、教科連携といった観点を活かすことも重要である。以下に「美術表現のはじまり」をテーマとする「応用・1 色・形による表現(2)」、すなわち「美術を軸とした総合的学習」におけるアウトサイダーアートという概念・イメージの導入のささやかな試みを紹介する。

 参考のために、シラバスとから「応用・1 色・形による表現(2)」の【ねらいと目標】、【内容】および「総合演習」の【ねらいと目標】を記しておく。

 

「応用・1 色・形による表現(2)」

【ねらいと目標】

 アートは自己と世界との出会いから生まれることを知り、自己表現の    方法、コミュニケーションの手段としてのアート(美術表現)について、総合的に学習する。

【内容】

 「表現の始まり」を探るために、まずアウトサイダーアートや子どものアート、現代美術などを参照しながら、美術表現について幅広く考える。演習形式のディスカッションや発表をおこなう。課題・レポートも課す。同時に何人かのゲスト講師や場によって、素材や様々な方法を通してアートが立ち現れるのを経験する。また、既成のイメージにとらわれないで、「色や形」と「素材性・偶然性」を手がかりにして実際に作品を制作してみる。技術的にうまい作品を作るのが目的ではなく、思いがけぬ自分と出会うことを期待したい。

 

「総合演習」

【ねらいと目標】(記載文章はコーディネーターの久保田教員)

 芸術の活動分野を、音楽、美術、文学というように区分する考えは、18世紀から20世紀初頭にかけてのヨーロッパ近代に特有な考え方である。しかし芸術活動の根源にあるのは、音、色、声など、ごく身近な素材と人間との関わりである。プロジェクト学習科目では、これら基本素材の扱い方を学んだので、総合演習はこれらを融合させたり、あるいは総合させたりすることで、芸術(アート)の垣根を越えて(トランスして)、その表現の根源を探ってみたい。

 

 ちなみに総合演習においては学生に、基礎1・2と応用1・2の四つの授業経験をふまえたテーマ設定のもとに、グループ単位での制作・表現―発表形式で行っている。現在までのところ、アウトサイダーアートに直接的にかかわる表現や、直接的に参照した表現は見られない。

 

 毎年の授業初日に実施している簡単なアンケートの結果を見るかぎりでは、当然のことかもしれないが、少数の美術専攻の学生をのぞいた多くの学生は、絵画や漫画、デザインといった一般に流通している美術作品そのものは好きであっても、それを描く、作るという点においては苦手意識を持っている。その意味でも彼らは上記(1)~(3)のアウトサイダーアートの定義に隣接した存在であると言える。したがって、上記のような趣旨にもとづいて彼らに「プロジェクト学習」を実施し、「美術表現の始まりをさぐ」らせるには、最初の段階で、美術に対する固定観念をゆるがせ、またその感性に揺ゆさぶりをかけることが必要であると考える。アウトサイダーアートにふれることは、その良いきっかけとなるのである。

 次にシラバスに掲載したものをもとに、2004年度の授業スケジュールを紹介しておく。

 

【授業スケジュール】

1週 ガイダンスおよび講義「周縁の美術について」

2週 「周縁の美術・1(アウトサイダーアート)」(スライド使用)およびそれについてのグループディスカッション

3週 「周縁の美術・1(アウトサイダーアート)」についての発表 「周縁の美術・2(民族美術・原始美術・現代美術等)」(スライド使用)

4週 「描く―心の杖として鏡として―展」ギャラリーツアーとギャラリートーク (レポート提出)

5週 制作演習Ⅰ「描くこととの出会い(スクリブル)」

6週 「子どもにアートが生まれるとき:図工の現場から」(現職教員2名による身体表現、 その他 ビデオ等使用)

7~8週 制作演習Ⅱ「素材性・偶然性との出会い」(偶然技法)

9週 制作演習Ⅱの発表と講評 制作演習Ⅲ「共同制作」の計画

10週 身体表現と美術表現(ゲスト講師:舞踏家)

11~13週 制作演習Ⅲ「共同制作」 

14週 合評会・まとめ

 

 授業形態は実習をまじえた演習形式である。テーマおよび授業内容の性格から、情況を見ながらのスケジュールや日程を変更することもある。例えば今年度は、ギャラリーツアーでは当初は予定していなかった展覧会の中心的企画者であり「アートセラピー」の授業者である安彦先生をゲストとしてギャラリートークをおこなった。また「身体表現と美術表現」は予定していたゲスト講師(舞踏家)と日程の調整がつかず、実施できなかった。その他にも日程の変更があった。

 こうした事例以外にも、これまで養護学校の教員を呼んで寝たきりの重度の障害を持つ子どもに美術の授業をした体験を語ってもらうなど、「美術表現のはじまりをさぐる」という観点から毎年2~3名のゲスト講師を招いている。そうしたことを切り口として、表現やコミュニケーション、教育、子ども、現代性といったことに模索的、発展的にふれてゆくよう意図している。

 

 例年アウトサイダーアートについてふれるのは、授業スケジュールを見てわかるように、導入の3週程度、そのうちスライドによる作品紹介は2週程度である。また後述するように、本授業ではアウトサイダーアートの概念領域を大きくとらえており、民族美術や原始美術なども含めて「周縁の美術」という概念を提示し、関連して一部の現代美術までを紹介している。したがって、紹介するものの中でのアウトサイダーアートの割合は比較的大きいが、授業全体の中で扱う知的・精神的障害者の美術(エイブルアート)の割合自体は大きなものではない。それとは別に、本年度は幸い本プロジェクトの一環として「描く―心の杖として鏡として―展」が本学芸術館で開催されることになり、実際の作品や作者に触れられたこと、また展覧会会場というリアルな場に授業の場を設定することができ、収穫は大きかった。

 授業のテーマである「表現の始まりをさぐる」とは、表現や表出における根源性を探るということである。つまり、完成され公認された芸術やアカデミックな技術的な美しさといったこととは別次元で存在するものにも美しさを見出し、そうした過程をへて個々の表現の可能性を見出そうとするものである。そうした要素は根源的であるがゆえに活力や治癒力へとつながってゆくというのが、授業者としての私の実感に裏打ちされた予想である。学生たちにとっては、普段見慣れないものへの違和感、抵抗感をどう乗り越えてゆくかということが最初の課題になる。

 そこで私の提示するのが、アウトサイダーアートの本質的な部分を、美術や教育の基層・深層に横たわるものとしてとらえる見方である。これが美術なのか?という戸惑いから始まって、そこに美しさを見出すことができるかどうか(感性の拡大)、またそれらが表現としてなされる出発点をどのように理解・共感するのか、という段階を経験することになる。

 

 ちなみに私個人とアウトサイダーアートとのかかわりは、小学生のときに初めて見た展覧会が山下清であり、初めて買った画集がゴッホということからもわかるように、ごく自然に進行した。以後、本格的に美術とかかわり始めた学生時代をへて今日に至るまで、アウトサイダーアート的な美術への関心は私の中で一定の大きな割合を占めている。いずれにせよ、関心の中心はあくまでその作品自体の美しさや造形性なのであり、他の美術となんら変わるところはない。授業においてもそうしたスタンスを明確にしている。

 私は美術における癒しということの可能性を基本的に認めているが、治療的側面や社会的有効性という点について語るには、それにふさわしい人が他にいる。しかしその際も、アウトサイダーアートを含めた美術全体に対する柔軟な感性の存在が前提であることは言うまでもない。それはどのような種類のものであれ、医学や心理学の分野との連携なくしては立ち行かないように思われる。その点からすると、教育学部単科大学である本学においては、現状では展開する上での制度的、物理的な難しさがあると言わざるをえない。むしろ教育や美術の基層におけるかかわりとして位置づけることがより有意義なのではないかと思う。

 

3・アウトサイダーアートの分類および定義

 ここ20年ほどの単位で見ても、アウトサイダーアートの定義や領域規定にはかなりの変化が見られる。そうしたことをふまえて、私の授業の中で提示するアウトサイダーアートと「周縁の美術」の分類と定義について以下に簡単な整理を試みてみる。

 

① エイブル・アート(able art)

 主に知的、精神的な障害を持つ人の為す美術である。

 エイブル・アートとは「可能性の芸術」、すなわち「障害者自身の可能性」および、「障害者を取り巻く社会環境の改革の可能性」という面を強調して名づけられた。かつてアウトサイダーアートの語は主にこの領域を中核としていたが、現在それにふさわしい名称が見当たらないため、授業においてはこの名称を借りている。また障害の範囲に視覚障害などの身体的障害を含むこともある。障害の種類や程度により多様な広がりがある。山下清高村智恵子など以外にもパトグラフィー(Pathographie:病跡学)の観点から見るとゴッホムンク宮沢賢治などにも関連した要素が指摘されている。表現というものの根源にかかわる話になるが、芸術とこうした要素の関連は古くから指摘されてきた。少なくとも一部の芸術家はこうした要素を自ら取り込もうとしていると言えるかもしれない。

 また、ジャン・デュビュッフェの提唱した「アール・ブリュット(L’art brut:生の芸術)」という概念も、この範疇に含まれる。その影響で今日の欧米諸国の一部ではアウトサイダーアーティストたちの経済面を含めた社会参加が一部実現しており、アウトサイダーアートの市場の形成とその動向が注目を集めている。

 

 ↓ 最近見た日本のアウトサーダーアート展覧会 スーパースター山下清ほか3名    山下清は日本の展覧会で通算して最も多くの観客を集めたが、その展示回数の多さのために作品の多くは激しく褪色している。痛ましいことである。

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 ↓ 同展でに出品されていた沼祐一の作品(図録から撮影したため歪んでいる)。山下清と異なり、展示回数が少なかったため、使われた色紙の色が鮮やかに残っている。

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↓ 同上 18歳で死亡 この展覧会で最も好き作家

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② ナイーブ・アート(naïve art 仏)

 「素朴派」の意味で、特に定義の(1)に強くかかわる。

 「素朴画家」の説明として「アカデミックな理論や技術と無縁な素人画家。アンリ・ルソーやセラフィーヌを発見したヴィルヘルム・ウーデによって、近代絵画における独特の一領域として初めて“素朴絵画”の概念が立てられた」(「素朴画家」/『新潮世界美術辞典』 新潮社 1985年 p.853)とある。アンリ・ルソーについて果たしてこの定義があてはまるかどうか、今日から見ると疑問なところであるが、素朴派=ルソーというイメージは一般的に定着している。また「“素朴絵画”とは表現のタイプないし作風にかかわる概念で、素朴画家と日曜画家とは本来概念が異なる。」とあるが、後述するプリミティヴィズム(primitivizm)と同様に、他との関連で領域境界の定義しにくい概念である。ルソーやセラフィーヌ以外にもアンドレ・ボーシャン、カミーユ・ボンボワ、ニコ・ピロスマニ、グランマ・モーゼス丸木スマなどをあげることができる。

 なお、世田谷美術館は「芸術と素朴」をテーマに、一貫してこのジャンルの作品を積極的に収集・研究している。(『芸術と素朴 コレクション10年の歩み』 展覧会図録 世田谷美術館 1996年 等を参照)

 また、趣味・余技としての側面に注目すると、文学者のヴィクトル・ユーゴーヘンリー・ミラー、さらにはアントナン・アルトー宮沢賢治などもこの範疇に関連付けて言及することが可能だろうが、境界領域的にエイブル・アートと区別しにくい場合があり、厳密な線は引きにくい。ヘンリー・ダーガーなどもしいて言えば両側面を持つと言える。

 

③ プリズナー・アート(prisoner art)

 プリズナー・アートとは授業時における私の便宜的な造語で、本来はプリズンズ・インサイド・アート(priso’s inside art)と記すべきかもしれない。刑務所の中での囚人による美術ということである。従来、少数ながらこうした美術の存在は知っていたが、作品をまとめたものとしては今のところ『PRISO’S INSIDE ART アメリカの囚人芸術』(カーティス・ナップ アスペクト 2000年)を知るのみである。同書はカリフォルニア州の刑罰システムの中で生まれたアートを記録したものであるが、それらがどのような趣旨と方法で実施されているのかなどについては同書には記されていない。前述の定義には必ずしも即さない点もあるが、文字通り刑務所というアウトサイドにおいて存在するユニークな美術である。

  意味合いは異なるが、数少ない他の事例としては、帝銀事件の平沢貞道の仕事などもこの範疇に含められるだろう。(『祈りの画集 獄中三十七年、生と死のはざまより』 平沢武彦 1985年 KKダイナミックセラーズ 参照)

 

④ プリミティブ・アート(primitive art)

 授業時には原始美術や部族社会の美術の意味で用いている。

 西洋美術史的には、つまり、アウトサイダーアートや関連する他の概念が出てくるまでの「19世紀の西欧において」は、プリミティヴィズム(primitivism)とは「いまだ自然再現の技術は完全に達成していないし理想美の様式も十分に体得していないながら」、「プリミティヴな純真華麗な美のある」、「盛期ルネサンス以前のイタリアの美術家、および15世紀のフランドルやフランスの画家」のことを指していた(「プリミティヴィズム」/『新潮世界美術辞典』p.1286)。その後、印象派などの反古典主義から20世紀美術の変遷の中でその意味するところは拡大し、時代的には中世から古代、原始時代を、地域的にはオリエントからアジアへ、つまり非西欧圏のすべてを、また意味的には「素朴画家の作品、精神障害者の作品、子供の図工作品など」をも包括する、つまり広義のアウトサイダーアートへと拡大されていった。その意味の変遷の重要性は理解できるにしても、本授業での領域規定としては実用的でない。したがって、授業では「原始美術や部族社会の美術」の意味に限定して用いている。最近では一般的にもその意味で用いられることが多いようだ。

 

⑤ エスニック・アート(ethnic art)

 民族美術および部族社会の美術の意で用いている。両者の違いはサイズの違いである。したがって④のプリミティブ・アートと重複する部分もある。言うまでもなく、地域性・民族性・歴史性と強いかかわりがある。

 この範疇にフォークアート(folk art)としての「民芸」を含ませることもできよう。もちろんその場合は「民芸運動」以前の、柳宗悦らが発見した「民衆的工芸」のことである。

 

⑥ マージナル・アート(marginal art)

 周縁の美術という意味で用いている。

 アウトサイダーアートとほぼ同義に使われている例もあるが、授業発足の時点では包括性の必要に迫られて個人的、便宜的に造語したものである。すなわち、インサイド/アウトサイドという分け方や、ファインアートの対立概念としてではなく、中心に対する周縁もしくは辺境に位置する美術という概念である。ある程度拡張した領域規定をもってしてもなお現在の美術や芸術の範疇には収まりきらないにもかかわらず、手法としての美術的・造形的要素を備え、その結果ある種の強い表現性を発揮しているものを言う。

 具体的に取り上げているものの例としては、「落書きアート(グラフィティ・スクリブル)」として世界各地の街角の落書きやベルリンの壁の落書きなど、またそうした地点を出発点としているキ-ス・ヘリングやバスキアといった作家、あるいは「刺青」などがある。いずれにしても芸術と現実そのもののはざまにあって「これは美術なのか?」といった驚きと疑問とインパクトを与えてくれるものであり、ほかにも多くの種類をこれに加えることができるだろう。

 

⑦ 子供のアート

 子供は小さな大人ではなく、異文化としての存在であるという認識は、すでに一般的なものである。にもかかわらずと言うべきか、であるからこそと言うべきか、そこに横たわる現実再現性や技術修得といった文脈とは別の表現の可能性は、今なおわれわれを魅了し続けてやまない。パウル・クレーをはじめとして、多くの芸術家を今なお惹きつけている所以である。

 

⑧ 現代美術・コンテンポラリーアート(contemporary art)

 現代美術の発生をどの時点に置くかは、本稿においてはあまり意味が無い。すでに見てきたように、美術の更新が他者性・外部性の導入によってもたらされたという観点から言えば、それは必然的な推移だからである。しかし結果としてのスタイルや意味の領域の拡大という点では、史上無かった大規模なものであることは間違いない。

 いずれにせよ重要なことは、後述するように、アウトサイダーアート的要素の導入がインサイドの作家たちに自覚的に選び取られているということであり、またそのこと自体が今日では美術にとって自然なことだとみなされていることである。したがって、⑧現代美術・コンテンポラリーアートは先の定義からしても、アウトサイダーアートとは言えない。授業においてこれを取り上げるのは、これまで見てきたアウトサイダーアートとの関連において、またインサイダーアートとアウトサイダーアートの境界が消滅する可能性を垣間見させてくれる現代性という視点からである。

 

 以上、見てきたようにアウトサイダーアートの語とその分類および定義にこだわるかぎり、事態は一見、錯綜したものとならざるをえないように見えるかもしれない。しかし、美術に対する苦手意識を持ちアウトサイダーアートなどに触れる機会の少ない学生に接するとき、そのいずれか一部をのみ強調するのではなく、それら全体の深部に共通して存在する美術というものの豊かな可能性と、感受能力の拡大の可能性を示唆するためには、一時の煩雑さをいとわず、多様なありようをそのまま並置して示すことが、かえって有効であると思われるのである。

  なぜならば、その一見した煩雑さのゆえに、多様な表現を背景抜きで、つまり作品それ自体として、既成概念が形成される前の段階で体験することを可能にするからである。学生の多くは将来、教育や表現という事を通じて、現代社会にかかわる可能性の大きい人たちである。そうした人にとって、表現や作品そのものを直接的に経験すること、既成概念からとりあえず可能な限り自由な距離を保つということは重要なことであると思われる。

 

4.アウトサイダーアートの可能性

 以上のように、アウトサイダーアートとは「インサイド=制度内の公認された」という事の外側に立つ人々によってなされた美術表現という意味である。その作者たちはインとアウトのはざまを貫いて立ち、時には双方を行き来するマレビト的存在であるゆえに、その境界性が発生する地点を照らし出すという性格をもっている。ゆえにそこから境界を成り立たせるもの、すなわち人間とその文化や伝統との関係性や、コミュニケーションとしての教育などといった次元を照らしだし、それらとの接続可能性を浮き出させる。

 そうした接続の結果を美術史上に見れば、一定の閉ざされた文化的な文脈の中では更新不可能だった美の領域の拡大と感性や意識の拡大が、外部性を意識的に取り込むことによってなされてきたことはすでに見てきたとおりである。印象派と浮世絵の関係の例を持ち出すまでもなく、インサイダーによっては生み出すことのできなかった活力をアウトサイドから得る事ができるのである。情報や交通などが発達した現代においては、そうした展開はさらに加速度的に進行している。こうした状況を共通の背景として、私自身も含めた今日の作家の表現が存在するのである。

 しかしそうした要素は、見方を変えれば、人間の可能性の常数として本来的に存在していたのではないかと考えられる。マニエリズムや奇想・幻想的な絵画の存在、抽象美術やダダイズムといったものはその現れである。そこには、アウトサイダーアートの持つ一見特殊とみられがちな、しかし実のところ美術表現の根源に横たわるある種の普遍性と共通する要素を見出だすことができる。

 さらにここで言い添えておけば、「表現のはじまりをさぐる」ということは、必然的に「表現の終わり」という視点をもたらしうる。その意味でアウトサイダーアートとは優れた「メタ美術」でありうる。現代において絵画というジャンルがすでにかつてのような特権的な優越性を保証されていないにもかかわらず、再びそれを選び直そうとする時、それは自らの内にそのはじまりと終わりを、思想ないしイメージとしてもまた方法としても内包することが前提となる。その困難のゆえのあやうさの上にこそ、表現行為が今日的な美しさとして成り立つのではないだろうか。本稿のはじめに記した学生や若い美術家にアウトサイダーアートの鳥瞰図を示す必要性の二番目の理由がここにある。

 先に述べたアウトサイダーアート①~⑦のそれぞれは、⑧を含む近・現代美術に取り込まれた過程とその成果をへて、現在では様々なメディアを通じて様々なレベルで一般社会にごく自然な形であふれている。そうした様々なメディアの担い手である現代の作家たちは、定義(1)「背景:過去に芸術家としての訓練を受けていないこと」に反して、美術の専門教育を受けた後に意識的にせよ、無意識的にせよ、あらためてアウトサイダーアート的な要素を選び取っているのである。それはスタイルのレベルにとどまるものではない。なぜならばスタイルとは、当然ながらある程度以上は内面の反映であることから逃れられないからである。したがって仮にスタイル=表面の引用・模倣として始まったにせよ、それを選ぶということ自体が、それに共振する内部の共通項の存在に気づかぬわけにはいかないのである。

 そうした意味で現代のインサイダーアーティストたちは、定義(2)「創作動機:芸術家としての名声を得ることでなく、あくまでも自発的であること。」および(3)「創作手法:創作の過程で、過去や現在における芸術のモードに影響を受けていないこと。」を逆説的にふまえて、つまりそれらの条件を再構築することによって、インサイダーアートの内部にアウトサイダーアートを取り込んでいるのである。その結果、「アウトサイダーアートはもはや特殊なものではない」という感覚は、少なくとも社会の深層や若い世代においては、一般的なものとなりつつある。こうした一般化を、現代の成熟した先進諸国特有の多様性によって要請された、アウトサイダーアート的なるものの消費と見るか、あるいは新たな美の領域及び感性の到達した一過程と見るか、双方の動向に注目せざるをえない。

 

 私が大学の授業において、表現の始まりというテーマのもとに最初にアウトサイダーアートを取り上げる理由は、多様性や異文化というものを理解するということの以前の、自己と他者との違いを認めその差異を共有するということにあり、そのことをつうじて自己と他者との間に存在する共通性や普遍性を知覚し、共有への感覚に至らしめるということにある。そのことを可能にするものこそが共感能力としての想像力(イマジネーション)であり、言い換えればそれこそが美術の力なのだと考えている。

  今年度の「描く―心の杖として鏡として―展」を経験したあとでの学生のレポートでは、インサイドとアウトサイドを区別することの無意味さを感覚的に主張する意見が多かった。これは一見すると健全な現象であるかのように見える。しかしこのことが作品の背景への理解の度合いなどとは無関係に、前述したようにアウトサイダーアート的な要素を取り込んだ表現があふれている現代社会の中で育まれた感性に因るのだとすれば、「何でもアリ」(授業をつうじてこの言葉を聞くことが実に多かった)という、開かれているように見えて実は閉塞的でしかない感覚に裏打ちされた、単なる消費的感覚に過ぎないのではないかとの危惧もぬぐいきれないのである。かれらの表層の感性としての、インサイド/アウトサイドの無効化を主張する感性は、一見正しい。だとすれば問題なのは「アウトサイダーアート以降」のアートのありようを問うことであり、そのためにも美術の力を信頼し、美術教育の力を回復することが今必要なのではないだろうか。                      2005.3.6