艸砦庵だより

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蕎麦粒山から天目山へ (2018.7.3)

 前回の山行から、また二か月空いた。5月から6月にかけて、ウズベキスタンに15日間旅した(別稿:カテゴリー「海外の旅」参照)。そのうち、少なくとも10日間は毎日2万5千歩前後歩いているから、必ずしも運動不足とは言えないだろうが、やはり山登りと、平地を歩くのでは、違う。前後にもう1、2回、行って行けないことはなかったとも思うが、頼まれて友人の山林ボランティア(スズメバチ退治+漆の木除去+笹薮伐採)や食料差し入れ緊急ボッカなどをやったりはしたけれども、実際の山登りには行かなかったのだから、仕方がないのである。

 今年の関東甲信の梅雨明けは、例年より22日も早い6月29日という早さだった。観測史上最も早かったそうだ。うっとうしい梅雨が早く明けたのは喜ばしいが、暑い夏が長く続くというのも困る。私は昔から暑さには弱いのだ。

 そうこうしているうちに、高校山岳部OB会の夏合宿(7月19~26日 雌阿寒岳羅臼岳斜里岳・旭岳)が近づいてきた。いくら暑さに弱くても、トレーニングせねばならぬ。

 

 今回のルートは、奥多摩の鳥屋戸尾根から長沢背稜、蕎麦粒山・天目山をへて横スズ尾根下降。久恋の、というほどではないが、けっこう前から懸案の山だった。標高差1100m、実働8時間程度の、日帰りにしては、ちょっと長く、要体力のルートである。

 アプローチもそう問題があるわけではないが、奥多摩駅発東日原行きのバスは平日7:04と8:10。7:04はともかく、8:10のバスに乗るためには、五日市発6:27の電車に乗らなければならない。そのためには5時前に起きなければいけない。日常遅寝遅起きの私にはそれが辛い。それがために、これまで先延ばしにしてきたのである。

 しかし、帰路の東日原発奥多摩駅行きのバスは、17:50と18:52の2本。つまり、無理して早く登り始めても、結局降りた東日原でバスを待つことになるのだ。幸い、今の時期は日が長い。ならば、登り始めるのは多少遅くても特に問題はない。バス部分はタクシーを使ってもたいした金額にはなるまい。夏合宿のトレーニングとしては、この程度のルートはぜひとも登っておきたいところだ。

 

 前夜はワールドカップの日本VSベルギー戦がある。心を鬼にして(?)録画予約する。4時間半の浅い睡眠で、7:18の電車に乗る。たった50分の違いだが、その壁を乗り越えられないのである。奥多摩駅から川乗橋まで、タクシーで1540円。安いものだ。

 ゲートの脇から川苔谷沿いに入れば、すぐに小さな標識がある。それに従って杉の植林帯を登り始める。植林帯ではあるが、間伐されており、意外と明るい。「山と高原地図」では難路の破線で記されているが、案外登る人は多いようで、わかりにくいところもなく、歩きやすい尾根を淡々と登り続ける。

 

 ↓ 登り始めの植林帯。地形図上の傾斜からすると登りやすい。

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 実は今回、どういうわけか、必要な2.5万図「武蔵日原」と「山と高原地図」を持ってくるのを忘れてしまったのである。持ってきたのは、置いてくるつもりだった方の2.5万図「奥多摩湖」(最初の登り口がほんの少し記載されている)と、ルートの後半しか出ていない「奥多摩登山詳細図」。チョンボである。以後一応、スマホ地理院地図を出して時おり参照しながら登るが、私にとっては、使い勝手の良いものではない。幸い読図の必要なところもほとんどなく済んだが、地図のない山登りは、少し寂しいものである。

 登るほどに暑さも和らぐ。自分の体調を観察しながら登るが、そう悪くもない。ウズベキスタンでの歩きの貯金が、多少は残っているのだろうか。

 

 ↓ 広葉樹の自然林がでてくる。

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 1ピッチも登ると自然林も出てくる。緑は濃く、展望はほとんど無い。ところどころ尾根が少し狭くなるところもあるが、おおむね幅広い尾根で、快適に登れる。自然林と植林の割合は半々か、やや自然林が多いかというところ。だんだん蝉の声がやかましくなる。小鳥のさえずりも多いが、鴬とホトトギス以外はわからないのが残念だ。

 

 ↓ 笙之岩山山頂。

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 笙ノ岩山(1254.8m)着、11:35。なにやらゆかしく思われる名前の、樹林の中の小広い山頂は、悪くはないが、特にどうということもなく、写真だけとって通過。

 

 ↓ 笙之岩山山頂からのゆるやかな上り下り。

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 ↓ 途中から見た川苔山(左)と大岳山。

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 ↓ 主稜線=水源林巡視路にぶつかる。蕎麦粒山山頂へは右正面。

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 鳥屋戸尾根の急な部分はすでに終わり、後はゆるやかな登降を繰り返しながらゆっくりと登っていくわけだが、そこからが案外長かった。登り始めから蕎麦粒山山頂までの標高差が1000mだから、休憩も入れて4時間もあればと思っていたが、実際にはもう1ピッチ分かかってしまった(13:40着)。これが実力だろう。

 

 ↓ 蕎麦粒山山頂。

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 ↓ 蕎麦粒山山頂から日向沢ノ頭と川苔山(奥)を望む。

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 いくつもの大岩がある狭い蕎麦粒山山頂は、感じが良い。日向沢ノ峰・川苔山方面しか展望がきかないのが、少々残念だ。山名は、尖った三角錐状の蕎麦の実のような形から付けられたようだが、山頂に立ってみても、あまり尖がったピークとは思えない。見る方向によっては、そうも見えるのだろうか。簡単な昼食をとったのち、主稜線の長沢背稜を天目山に向かう。

 

 ↓ 山頂からの下り。

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 この主稜線につけられた登山道は、確か水源林の巡視路としてつけられたはず。そのため、尾根上を忠実に辿るというよりは、なるべく水平に、労の少ないようにつけられている。私は縦走の場合は、なるべく忠実に尾根上を辿りたいという美意識を持っているのだが、実際問題としては、小さな上り下りを繰り返すよりも、水平な路を歩く方がはるかに楽である。

 

 ↓ 主稜線上は山毛欅の大木が多い。

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 すぐそばの仙元峠にも立ち寄ってみたいと思っていたが、峠と名は確かに付いているものの、この場合は「峠=トッケ(朝鮮語由来?)」で、つまりピークであり、水平の巡視路によってあっさりと巻かれている。分岐から再び登り返す気もなく、そのまま進む。いつか仙元峠に立って、そこから秩父へと下る山旅をすることがあるだろうか。

 やがて天目山へと標識には記されていないが、尾根伝いに直接天目山山頂に至ると思われる分岐が現れた(15:10)。実はこの前から迷っていた。天目山へ向かうとなると50分ほど余計にかかるのだ。コースタイムからすると、東日原発17:50のバスにギリギリ。間に合わないかもしれない。疲労感も結構ある。天目山山頂を割愛し、このまま一杯水小屋から横スズ尾根を余裕をもって下るという案もある。

 しかし、一つの尾根を登り一つの山頂に立ち、さらにもう一つの山頂から別の尾根を下るという美しい(?)プランからすれば、天目山山頂を割愛するというのは画竜点睛を欠くと言うべきであろう。バスは17:50の後にもう一本、18:52もあるのだ。1時間バス停でぼんやり待つというのも乙なもの。

 

 文字通り疲れた体に鞭打って、天目山山頂に向かう。ちょっとしたピークの先から下りとなり、再び登り返す。思っていたよりもアルバイトを要求されるが、まあ好きでやっていること、誰にも文句は言えない。登山はしょせん修行である。

 

 ↓ 天目山山頂。

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 天目山山頂はぽつんと三角点が一つあるだけだが、好ましい山頂だ。蕎麦粒山よりも100m高く、おおむね展望も良い。やはり、来て良かった。川苔山、大岳山、御前山、雲取山と、奥多摩の主要なピークを指摘することができる。

 

  ↓ 天目山山頂より先ほど登った蕎麦粒山(左)を見る。右は川苔山。

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  ↓ 天目山山頂より大岳山(左)、御前山(右)を見る。

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  ↓ 天目山山頂より雲取山(左)を見る。夏山だ。

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  ↓ 天目山山頂より富士山を遠望。雲がかかって、頂上付近だけがわずかに見える。(富士山好きのFさんのために)

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 さて、時間のことがある。下山を急ぐ。一杯水小屋の裏手に出て横スズ尾根に入る。

 

  ↓ 一杯水小屋

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 この尾根も幅広く、尾根上から巻き道へとうまく路がつけられており、実に歩きやすい。休憩を減らして、さらにそれなりのハイペースで下りなければならないのだから、この歩きやすさはありがたい。

 

  ↓ 横スズ尾根の下り始め。

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  ↓ 横スズ尾根の途中。快適である。

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 横スズ山1289mは知らぬうちに巻き過ぎる。滝入ノ峰1310mはその手前から左に大きく巻き、以後ずっと自然林と植林帯の境の山腹を行くようになったが、このあたりからが実に長く感じられた。一本バスに遅れても1時間待てばよいだけだとわかってはいても、ついつい頑張ってしまう自分がいる。

 

  ↓ 山毛欅はこのようにウロになっていても結構踏ん張っている。

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 汗だくになって17:45、東日原バス停に着。バンガローにでも泊まったらしいさわやかな若者グループを横目に、大急ぎで汗に濡れたTシャツだけ着替えてバスに乗り込み、最後まで誰とも会うことのなかった山行を終えた。それなりの達成感を味わいつつ、眠りに落ち込んだ。

 

 今回気づいたことを一つ。

 この日原川の流域は昔、沢登りで何度か訪れたことがある。大雲取谷、小雲取谷、巳ノ戸谷、滝谷、カロー谷(中退)、川乗谷、など。そのうちのいくつかでは詰めの濃密な笹藪漕ぎで苦しめられた記憶がある。この笹とは「横スズ尾根」のスズ=スズ竹のこと。それが今回歩いていて全く見かけなかった。わずかに横スズ尾根の下部で、だいぶ古い枯れた株をほんの少し見かけただけである。

 笹に限らず、全体を通して下草がほとんどない。奥多摩に限らないのだが、笹=スズ竹が一斉に広範囲で枯れ死したというのは、だいぶ前から耳にし、実際目にしてきている(同じ笹でも熊笹などはこの限りでなく、今も健在である)。沢登りの詰めの藪漕ぎに限らず、スズ竹がなくなったことでずいぶん楽になったことは確かなのだが、いずれ復活するものだと思っていた。しかし、少々期間が空きすぎるのではないか。

 調べてみると「ササは40年から60年周期でどちらも開花後には枯死する」(ウィキペディア)とある。それはまあ、一応知ってはいるのだが、もう少し詳しくと思ったが、良い情報がない。

 ヤマレコのhayashiさんの日記で「スズタケの開花について」として、以下の記述があった(https://www.yamareco.com/modules/diary/5787)。

 「スズタケの開花を継続的観察している。奥多摩の開花は終息に向かっている。秩父や大菩薩も終わりに近づいているようです。スズタケ開花の情報は5年位前から非常に増えて、静岡県、長野県、群馬県茨城県、愛知県、岐阜県三重県兵庫県、四国、九州、岩手県と、スズタケが生えている場所のほとんどで見つかっている。各地の開花規模は不明だけど。少なくとも関東中部の太平洋側のスズタケは7割以上は開花枯死するみたいだ。東京都、埼玉県、山梨県の開花はほとんど終了。神奈川県、静岡県、長野県、愛知県、岐阜県三重県兵庫県、四国は開花継続中。群馬県茨城県、九州と東北は不明。」

 ちょっと知りたいことの核心からは、ずれているのだが、まあ貴重な情報である。ともあれ、奥多摩あるいは他山域でのスズタケの復活はあるのだろうか。スズタケはどちらかといえば嫌われ者というか、やっかい者の感がある。だから私としても必ずしもスズタケの復活を願うというわけではないのだが、現状のような樹林帯に下草が全くない状態というのは、見た目にも、生態学的にもちょっとヤバいのではないかと危惧するのである。

 

  ↓ 杉(檜?)の〆木。

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 もう一点。上に掲載した写真は横スズ尾根の下部の植林帯にあった杉の木であるが、ご覧のように見事にくるりと一回転、ねじれている。それ自体はそれほど珍しいものではなく、山では時々目にし、山関係のサイトでも取り上げられている。

 これは〆木などと言われ、いわゆる「山の神」が、12月12日、1月12日など12にまつわる日に、山で木の数を数え、100本とか1000本ごとに心覚えとして木を捩じっておくというもの。したがってその日に山に入ると木と間違われてねじられてしまうとして、山に入ることが禁止され、当日は「山の神祭」が執り行われるのである。「山の神」や「山の神祭」にも様々なバリエーションがあるが、この〆木という現象と、入山禁止のタブーはかなり一般的であるようだ。以上、ちょっと紹介しておく。

 

 さて、そんなあれこれの山行を終えた帰宅途中に、Kからメールがきた。いつもの山と旅の仲間であり、今度の夏合宿の主要メンバーでもあるKである。箱根金時山を登って下りの、流水とオーバーユースで溝状にえぐれた一般登山道で転倒し、右手を骨折したとのこと。

 ご愁傷様ではあるが、とりあえず、間近に迫った北海道合宿をどうするかだ。以後二日ほどかけて協議し、中止とあいなった。

 まあ、いろんなことが起き(う)るのである。年齢、体力、技術、状況。リスクのない、安全登山などというものはない。要はそれらに対して自分がどう予測し、対応するかである。他山の石として、今後の山行にのぞまなければならない。

 

  ↓ 今回のルート。手持ちの2.5万図をスキャンしたので、ちょっと見づらいかも。登り口の右下は少し切れています。左の赤線は昔のカロー谷遡行時のもの。

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【コースタイム】2018.7.3(火曜)晴 単独

川乗橋バス停9:03~最初の標石10:20~笙ノ岩山1254.8m11:35~蕎麦粒山1472.9m13:40-57~仙元峠分岐標識14:15~天目山分岐15:10~天目山1576m15:38~一杯水小屋14:02~東日原バス停17:45