街角でふと鉄の匂いをかぐというか、鉄の気配を感じることがある。
鉄は世界で最も多く存在する物質であるから、世界は鉄の匂いに充ちていると言ってもいいのだが、そういうことではない。実用品としての鉄はその優れた性質のために、『銃・病原体・鉄』(ジャレド・ダイアモンド 草思社文庫)で述べられているように、古くから人間の生活と密接な関係にあった。人間の生活とは言いかえれば、絶え間ない闘争と防御の歴史でもあったと言えよう。ちなみに本書は朝日新聞が取り上げた「ゼロ年代の50冊」というアンケートの第一位。重厚な内容で鳥瞰的な視野の獲得というか、確認ということではお勉強にはなったが、まあ~、そういうことだ。
街角を歩いていて目にするのは、街角=外と、内=家の接続点としての入口、すなわち門扉である。外とは敵ないし他者が侵入してくるかもしれない方向であるであるから、そちら側に向けられた表情は、防御や拒絶といった、おのずから険しいものとなる。ただし日々の生活においては、平和で安定した時も多いから、そうした険しい表情ばかりではなく、受け入れ可能性も示す必要があり、そこに防御と相反するはずの柔和さや美しさといった表情を重ね合わせることが求められる。これら二つの拒絶と受容という相反する要素を同時に体現することによって、門扉はそれを開閉する鍵とともに、ある種の儀式性というか神秘性を発現するのである。
門扉の多くはもともと木製の頑丈なものであった。そうしたもののいくつかは今日各地の博物館等で見ることができる。それらは時間の経緯をへて、ある種の柔かさをもった美しい工芸品に変貌している。しかし近代以降、鉄の優れた性質とそれを安価に量産される体制が整うとともに、都市部においては、鉄のそれにとって替わった。
鉄の門扉はヨーロッパおよびその影響下にあった圏内に多く見られる。必ずしもヨーロッパだけのものではないが、木材の安価な地域や風土性などによって、アジアなどでは今日でも木製の門扉のイメージが強い。
↓ 門扉① 裏面
①に見られるように裏面は筋交い状に強度が補強されている。したがって門扉の表面に見られる形体は、ほぼ純粋に装飾としての紋様であると言ってよいであろう。全体として単色、一面の場合は鉄の細い板を棒状に使って線画でもって図を描いているタイプである‐②③④⑤。
↓ 門扉② 線描タイプのスタンダードなもの
↓ 門扉③ 線描タイプ 壁の色も素晴らしい
↓ 門扉④ 線描タイプ めまいがしそうなMOROCCO RED
↓ 門扉⑤ 線描タイプ モチーフはモスク
また鉄自体はそのままでは錆びやすく、塗装される必要があるが、その装飾が面として閉じた形体をもつときには、色調を変えることによって⑥⑦⑧といった色面タイプとでも言いたいような色面構成を示す。その場合は表面からも多少強度を補強しているようにも見える。
↓ 門扉⑥ 色面タイプ シンプル!
↓ 門扉⑦ 色面タイプ 渋い! ドアの取っ手が斜めに付けられている。
↓ 門扉⑧ 色面タイプ こういう色の組み合わせになると、何か風土性とか異文化といったことを考えてしまう。
中には線描タイプと色面タイプの複合タイプというべきものもある。
それら線的形体として示されるものに対して、鋲すなわち点の連続によって絵柄があらわされるいわば点鋲タイプもある-⑨⑩⑪⑫。⑫は昔風の木製のものである。
↓ 門扉⑨ 点鋲タイプ これはさるモスクだったか博物館だったかの入口
↓ 門扉⑩ 点鋲タイプ なぜか地の色は青が多い。
↓ 門扉⑪ 点鋲タイプ も一つ。
↓ 門扉⑫ 点鋲タイプ 白地に鯨の潮吹き コンテンポラリー
↓ 門扉⑬ 点鋲タイプ クラシックな木製 たぶんモスクの入り口
↓ 門扉⑭ 線描タイプと点鋲タイプの共存 ピンクの壁
実際の情景としては、⑭のようにそれらは隣り合わせで共存している。したがって上記のような分類自体にはさほど意味があるとも思わないが、落ち着いて鑑賞する(?)上で多少の役割を果たしてくれるように思う。たとえば線描タイプや色面タイプよりも点鋲タイプの方が経費が高そうだなとか。
絵柄的には、見てわかるように、イスラム美術の原則に則ってほぼ幾何学的抽象。しかし中には花やモスクといった具体的なものをを形象化したものも少数ながらある。⑫の鯨の潮吹きの絵柄はこうしたものとしては最もコンテンポラリーなものであろう。
ついでに、ごく少数ながら見かけた扉に絵を描いたものも紹介しておく-⑮⑯。いずれも古い木製。中でも⑯はイスラム美術の文脈とは無縁のアヴァンギャルドなもの。これはこれで少しほっとする。
↓ 門扉⑭木製扉絵タイプ このタイプはほとんど見かけなかった。
↓ 門扉⑮木製扉絵タイプアヴァンギャルド派 何のお店のドアだったっけ?
(2015.5.2)