艸砦庵だより

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風(邪)とともに九州・四国・中国の山旅(諸塚・黒岳 伊予北条・高縄山 周防大島・文殊山~源明山) その-1

 今年七月、甲州小菅に遊び、一夜、K澤夫妻、H川夫妻と飲んだ。その時に出た話が今回の旅の発端である。

 K澤、H川と同様に、私が大学教員時代の一時期顧問をしていたサークルの数少ないメンバーだった一人に、T辺君がいた。東京生まれの東京育ちににもかかわらず、何を思ってか田舎好き。願いかなって現在、九州宮崎の諸塚村に暮らしている。はっきり言って相当な遠方僻地である。

 山口県出身の私にとって若いころ九州は近くであり、何度か行った。最後に行ったのは42年前、高卒後浪人が決まった春、上京前に英彦山、万年山、九重山と一人ヒッチハイクで回って登ったのが最後である。以来、九州は遠い処であった。

 旅好きでのくせに、フットワークの悪さはつとに自覚してきたところ。それがこうして若い連中などと付き合い始め、またいつの間にやらインターネットをおぼつかなくも何とか多少は使えるようになると、最も苦手としてきた時刻表関係やら、宿の予約などがある程度はできるようになってきた。今回、K澤夫妻は仕事の都合上往復飛行機利用の二泊三日だが、それだけではもったいない。地図を見れば九州から四国へはフェリーがある。四国松山からは周防大島へもフェリーの航路がかろやかな曲線を描いている。この際、かねてよりの懸案であった四国松山の従兄弟に48年振りに会うことと、長い間淡い憧憬の対象であった周防大島の山を組み合わせることにした。周防大島にも高校山岳部時代の後輩が一人住んでいる。ただし、計画を全うする自信はない。予定変更、縮小、中退、日和見はお手の物。したがって宿を予約することは、言って見れば退路を断つことにもなるが、その分、気も重い。おまけに何の因果か出発二日前に風邪をひき始めた。さすがに今さらやめるわけにもいかず、必死に回復を図るも、さて・・・。

 

11月22日(日)曇り

 未明4:30にK澤夫妻が車で迎えに来る。羽田発6:50。宮崎空港8:40着。さすがに早い。

 たまたま宮崎市内に用事で来ていたT辺君とすぐに合流。その用事の、諸塚の各地の神楽の写真展を一緒に見る。そう言えば神楽というものはまだ見たことがない。考えて見ればここは本場だ。それ以上に、宮崎のことは何も知らずにこうして来てしまっている。まあ旅の動機は「まだ行ったことがないから」だけでも十分なのかもしれないが。

 その後、諸塚に向かう途中で、尾鈴山瀑布群の一つ「矢研の滝」を見に寄り道をする。尾鈴山は私としては今回の山旅の最大の候補地だったのだが、日程上あっさりと却下。代わりに、というわけでもないが、その麓にある「矢研の滝」見物となったのである。尾鈴山は同じ宮崎の市房山とともに、沢登りの対象として遠く憧れていたこともあった。また若山牧水の短歌を通じて好ましく思っていた山でもある。憧れはしても結局登ることのない山は無数にある。しかしそうした対象をたくさん持っているということは、決して悪いことではないだろう。

 キャンプ場から矢研谷沿いの、いかにも南日本的な山道を25分ほど歩くと、垂直に水を落とす矢研の滝の手前の流れに至る。遊歩道はここまで。右岸を思い切ってへつるか、素直に渡渉すれば直下まで行けるが、素人のK婦人もいることだし、風邪っぴきの晩秋の今、わざわざ濡れるのもなんだしということで、距離を置いて鑑賞する。端正で豪快な美しい滝。

 ↓ 南日本的山道

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 ↓ 矢研の滝

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 その後、諸塚村に向かい、標高410mの山腹に位置する古民家宿泊施設「桜のつぼね」に着いた。谷が大きいせいか、実際の標高以上の高地集落のように感じられる。福岡から来た、やはり同じサークルだったT君が待っていた。その夜は囲炉裏端で宴会。

 

11月23日(月)曇り

 前夜、検討の結果、諸塚村の最高峰である黒岳1455mに登ることになった。予想では村の名を冠した諸塚山1342mになるだろうと思っていたので、事前に資料にはざっと目を通してきたものの、地図も持ってきていない。しかしまあ何度か登っているT辺君がガイドなので問題はない。

 朝8時ごろ出発。林道を延々とゆく。聞けばこの諸塚村は日本で最も林道密度が高い所だとのこと。ふだん林道と聞くだけで拒否反応を起こしがちな私ではあるが、この平地がきわめて少ない過疎地での現実を見ると、納得せざるをえない。耕作可能なわずかな平地を求めれば、住居よりもさらに高い所に行くしかない土地なのだ。車と林道は人々の生活に不可欠である。

 柳原川沿いを下り、耳川本流から吐川沿いに遡り、七ツ山川から小原井川と名前を変える谷筋をひたすら遡る。辿り着いた広い登山口は標高1250mだから頂上までの標高差はたった100m少々。少々釈然としないが、これが現実だからしかたがない。実際、麓からの登山道というか、昔からの山道は、この山に限らずほとんど残っていないとのこと。ガイドブックを見ても確かにこのあたりの山域はそういう状況らしい。複雑な気持ちはあるが、ともあれ出発する(9:15)。簡易舗装の植林帯をへて間もなく広葉樹帯となり、ほどなく黒岳神社へのコルに辿り着く。右の岩場の祠が黒岳神社。毎年地元の人は初詣に来られるとの由。その先の展望台が黒ダキ。この辺りでは大きな岩場、岩峰などをダキと称する。晴れていれば大展望らしいが、見渡す限りの雲海。遠く諸塚山、大仁田山などだけがその頭を出していた。なまじの展望よりもこの雲海を見れたことを幸運に思うべきだろう。

 ↓ 黒ダキ手前の岩場 長靴のT辺ガイドと地下足袋のK夫人

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 ↓ 黒ダキにて。雲海に浮かぶのは大仁田山

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 いったん先ほどのコルまで戻り、左の山道を辿る。途中右手前方にニクダキ、カゴダキへと続く稜線が見えるところがある。

 ↓ 前方右がニクダキとカゴダキ

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 笹や橅なども混じる頂稜の樹林帯を行けばあっという間に黒岳山頂(10:10)。まあ、何といっても初めての宮崎の山である。それなりの感慨はある。広い山頂でゆっくりと休む。

 ↓ 黒岳山頂

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 下山は少し戻った分岐からいったんカゴダキに向かう。一部、鹿除けのフェンスが張り巡らされており、それがないところではバッサリと笹をはじめとするほとんどの下草が食いつくされている。景色としてはさっぱりするが、やはり複雑である。ニクダキ、カゴダキあたりは石灰岩の露頭と橅や楢などの落葉した広葉樹が相まって気分の良い所だ。

 ↓ カゴタキ付近 鹿に食われて下草がない 

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 ↓ カゴタキの小岩峰 

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 カゴダキの小岩峰から引き返し、途中から山腹を巻く道に入る。やがて黒岳神社のコルの上で来た道と合流し、登山口に戻る(12:00)。登山としては標高の割にいささかもったいないというか、欲求不満の感はあるが、林道ドライブも含めて考えるとこれはこれで面白くなくもない。

 

 その後福岡に戻るT君と別れ、美郷町の南郷温泉「山霧」で一浴。さらにそのすぐそばにある「西の正倉院」と「百済の館」という博物館(?)を見た。

 ↓ 「西の正倉院

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 西の正倉院は「奈良正倉院の御物(ぎょぶつ)と同一品といわれる銅鏡を含む、貴重な文化財が存在することから計画されたもの」で、「宮内庁の協力、奈良国立文化財研究所の学術支援、さらに建設大臣の特別許可などにより、門外不出とされていた正倉院原図を元に(中略)忠実に再建された」とのこと(宮崎県美郷町公式サイト http://www.town.miyazaki-misato.lg.jp/2549.htm)。ウィキペディアでは「細部まで忠実に再現されている」とある。しかし内部を見ると当時は存在しなかった鉋(ひょっとしたら電動鉋?)の仕上げとしか見えなかった印象がある。材を提供した勝野木材のHP(株式会社勝野木材 http://www.katsuno-wood.com/jinja/01f.html )によれば「表面の見え掛かり部分は槍鉋仕上げにしました」とあり、つまり「忠実に再建された」とは言えないと思うのであるが。これが例えば「構造面では忠実に再建された」とあればあまり気にならないところだが、少々気に食わない。小さなことかもしれないが、文化の記述としては大事なことだ。

 まあ、かつて長く村長を務めていた人物の引退記念のハコモノ行政とかいうささやきも地元の声として聞こえてきたから、ある程度のことは仕方がないだろうが。中身は銅鏡と地元の神社から出た三十六歌仙の板絵が中心。悪くはないが、やはり渋すぎ、地味すぎる。ただし百済滅亡後に王族が当地に亡命してきたという伝承に基づく「師走祭り」の動画はなかなか興味深かった。

 百済の館も上記の伝承からの関連だろうが、展示物のほとんどがレプリカなのは残念。まあ両者ともにおそらく正規の博物館ではなさそうだからやむをえないかもしれないが、もう少し素朴な見せ方の方が良かったのではないかと思う。

 ともあれ、かくして登山、林道ドライブ、温泉、博物館(?)とそれなりに充実した一日であった。