昨年2016年に国内で見た美術館・博物館等での展覧会の一覧である。寺社、遺跡、庭園等も含む場合もあるが、一般的な画廊等は含まない。ここに植物園や庭園や城址を含めるのはどうかということもあろうが、私は、ここではMUSEUMの範疇をなるべく広くとって考えたい。
昨年の記事(「美術館探訪録-2015年」)で、海外やかつての古美研(授業名)をのぞけば過去最多と記したが、何と2016年はそれよりも多い。それだけ良い展覧会が多かったことも確かだが、理由はもう一つある。
ここ二三年、高校同期の何人かで月に一回程度集まって、飲み会をやっている。そんなにしょっちゅう会いたいということでもないのだが、誘われればだいたい応じている。平日の、場所は銀座や新宿といった都心。わが家から東京駅まで交通費が往復で1800円強。所要時間は、歩きも入れれば往復4時間、飲み会自体が3時間前後。私以外は全員カタギなので、それなりの店を予約するから、会費はだいたい7000円前後ぐらいか。ただそれだけのためにだけ出ていくのは、時間的にも経済的にもちょっと負担感がある。そこで、それに合わせて美術館に行くようにしたのである。したがって、どうしても行きたいという展覧会だけともいかない。見に行こうか行くまいか迷っていたり、普通だったらスルーするようなものでも結局行くこともある。まあ、それはそれで良いことだと思っている。
私の展覧会に関する情報は、朝日新聞に週一回載る展覧会情報がほぼすべてで、あとは行った先の美術館に置いてあるチラシぐらいのである。それで充分。それにしても美術館博物館の数も多ければ、展覧会の数も、そのジャンルも多い。東京はおそらく間違いなく世界で一番展覧会の多い都市だ。
とは言え、そのラインナップを見ても、必ずしも行きたい展覧会ばかりではない。これだけ長年展覧会を見ていると、全く未見の作家とか、初めてのジャンルというものはもうめったにない。たいていは、多少はどこかで見ていることが多い。したがって、ぜひとも見たいと思う展覧会は、そうはないのである。
実際、画家が美術館での展覧会をどの程度見に行くのかというのは、案外面白いテーマなのではないだろうか。試みに私自身の過去のデータを見てみると、学生(博士課程)の最後から予備校講師時代の30歳代の10年間で56回、大学に勤務してからの40歳代の10年間で137回。ついでに50歳代の10年間はと言えば、55歳で早期退職するまでの6年間が64回、退職後の4年間が86回で計150回。いずれも海外や学生を引率しての授業としての古美術研究旅行をのぞいた数字である。う~ん、歳とともに増えている。余裕のなせるわざである。ちなみにもっとも少なかったのが、一番悩みかつ制作にエネルギーを注いでいたはずの30台後半。年に3回とか4回しか見に行っていなかった年があったのは自分でも少し意外であるが、それはまた最も生活が苦しく、時間的にも精神的にも余裕のなかった頃である。
ともあれ、仮に10年前20年前に見たことがあるとはいっても、再度、再々度見ることは悪いことではない。ということで2016年にいった展覧会を以下にあげてみる。
なお私は団体展やコンクール展、卒業制作展は見に行かないことにしている。10.「上野の森絵画大賞展」は昔の教え子からのたっての頼みで見に行ったので、例外である。
*上段「 」内は展覧会の正式名称。その右の( )内はサブタイトル。
下段は美術館名と見た日。[ ]はざっくりとしたジャンル。
1.「串田孫一」(生誕100周年)
はけの森美術館 1月16日 [絵画・デザイン]
2.「恩地孝四郎展」(形はひびき、色はうたう)
東京国立近代美術館 1月20日 [版画]
3.「村上隆の五百羅漢図展」
森美術館 1月22日 [絵画]
4.「天野喜孝展」(進化するファンタジー)
有楽町朝日ギャラリー 2月16日 [イラスト]
5.「ジョルジュ・モランディ」(終りなき変奏)
東京ステーションギャラリー 3月17日 [洋画]
6.「清親 光線画の向こうに」
町田市立国際版画美術館 3月25日 [版画]
4月9日 [城郭・庭園]
8.金沢市老舗記念館
4月10日 [民俗・工芸]
9.「黒田清輝」(日本近代絵画の巨匠)
東京国立博物館平成館 4月21日 [洋画]
10.「上野の森絵画大賞展」(第34回 明日をひらく絵画)
上野の森美術館 5月2日 [洋画]
11.「カラヴァッジョ展」(ルネサンスを超えた男)
国立西洋美術館 5月10日 [洋画]
12.「素心 バーミヤン大仏天井壁画 ~流出文化財と共に~」
東京藝術大学大学美術館 陳列館 5月10日 [壁画・彫刻・保存]
13.「吉田博展」(生誕140周年)
千葉市美術館 5月17日 [版画・洋画]
14.「横井弘三の世界展」(没後50年“日本のルソー”)
練馬区立美術館 6月1日 [洋画]
15.「高島野十郎展」(没後40年 光と闇、魂の軌跡)
目黒区美術館 6月3日 [洋画]
16.「若林奮展」(飛葉と振動)
うらわ美術館 6月8日 [彫刻]
17.「田口安男展」(描線と色彩の間)
いわき市立美術館 6月9日 [洋画]
↑ これはチラシ。ポスターを揚げたかったのだが、画像が見つからなかった。
17-2.「田口安男展+常設展」 [洋画]
いわき市立美術館 6月10日
18.「立石鐡臣展」(麗しき故郷「台湾」に捧ぐ)
府中市美術館 6月23日 [洋画]
18-2 常設展「所蔵品に見る描かれた水辺の景」+牛島憲之記念館
府中市美術館 6月23日 [洋画]
19.「12Rooms 12Artists」(UBSアート・コレクションより)
東京ステーションギャラリー 7月5日 [洋画・現代美術]
- 常設展 第2期 (萬鉄五郎・松本竣介・船越保武/渡辺豊重・松田松雄・内村晧一他)
岩手県立美術館 7月14日 [洋画・彫刻]
20-2. 常設展
もりおか啄木・賢治青春館 7月14日 [文学]
- 伊藤家住宅
伊藤家住宅/花巻市東和町田瀬 7月15日 [建築・民俗]
22.上高地・明神池
上高地 8月5日 [自然・宗教]
23.神代植物公園+「特別企画展『古文書でふりかえる江戸の園芸文化』」
調布市 8月13日 [自然]
24.「小林かいち展」+浜口陽三+萩原英雄 常設
武蔵野市立吉祥寺美術館 8月25日 [イラスト]
25.「沓間宏展」(1981-2016 変遷の軌跡)
横浜美術大学ギャラリー 9月7日 [洋画]
26.「鈴木基一展」(江戸琳派の旗手)
- 辻河原石風呂+宮迫東西石仏+臼杵の石仏
27-2常設展
- 岡城址
大分・竹田市 11月9日 [史跡・城郭]
29.「ダリ展」
国立新美術館 12月10日 [洋画]
東京都美術館 12月13日 [洋画]
31.「小田野直武と秋田蘭画」(世界に挑んだ7年)
以上の中で良かったのは、2.「恩地孝四郎展」、5.「ジョルジュ・モランディ」、13.「吉田博展」、15.「高島野十郎展」、17.「田口安男展」といったところ。
恩地孝四郎はまとめて見るのは初めてだった。以前から『月映』-田中恭吉との関連では多少は知っていたものの、全貌としては解釈しにくいというか、受け取りにくいというか、すでに過去の話として敬して遠ざけていた作家。まだ必ずしも飲み下せてはいないのだが、絵画(版画)の意外な可能性を見せてくれたような気がする。余談だが、この展覧会を見たことがきっかけとなって、その年、彼の作品(蔵書票)を7点も買ってしまった。
他の四つはすでに以前に見たことのある作家だが、それぞれ充実した内容で、新たな視点と面白さを見出すことがせきた。モランディの静謐。吉田博の山の清浄。高島野十郎の自閉の光。それぞれの固有の世界。
田口安男は私の大学時代の恩師であり、最も敬愛する画家である。御本人は現在も自宅療養中なのだが、その縁で初日前日の内覧会に招待され、その夜は友人、先輩方と楽しく飲んだ。せっかくいわき市まで行くのだからと、翌日は近くの山に登る予定だったのだが、飲み過ぎて翌朝寝過ごしてしまい、登山は中止。おかげで再訪した会場で、あらためてゆっくりと見直すことができた。
次いで次点(?)としたいのが、1.「串田孫一」、6.「清親 光線画の向こうに」、14.「横井弘三の世界展」、16.「若林奮展」、19.「12Rooms 12Artists」、26.「鈴木基一展」等。
串田孫一は画家とは言えないし、文筆家としても私はあまり評価しないのだが、昔からその絵やコラージュには何か引っかかるところがあって、その確認をしに行ったというところ。しかし案に相違して(?)、作品が意外と良かったのである。美術館の規模のゆえか、ちゃんとした図録がなかったのが残念。横井弘三、若林奮、鈴木基一はまとまって見るのは初めて。「12Rooms 12Artists」も初めての作家が多く、楽しく見る現代美術・現代絵画といった感じ。清親も光線画周辺のものはやはり良かった。
他の展覧会もそれぞれ良い作品が含まれていたが、ただしその割合は多くない。
石仏や城址、あるいは地方の美術館博物館を、旅行や山登りのついでに訪れるのも良いものだ。
逆に最も期待外れというか、面白くなかったのは11.「カラヴァッジョ展」。
もともと行く予定はなかったのである。すでに海外等でだいぶ見ているし、本人の作品は11点ぐらいだということだし、そもそもバロック周辺というのが好きではないのだ。当日は東京都美術館の「若冲展(生誕300年記念)」を見にいったのである。平日にもかかわらず順番待ちの長蛇の列。2時間待ちとか。なぜそんなに人気があるのだろう。辻惟雄の『奇想の系譜』以来、蕭白単独の二回の展覧会のほか、いくつかの機会に芦雪や若冲を見る機会はあったのだが、なぜか若冲の単独展は見逃してきた。そうこうしている内に現今の異常人気である。並ぶとしても私は30分が限界だ。縁がなかったのだ。やむをえず、当日上野でやっている展覧会の中でカラヴァッジョを選んだのだが、やはりあまり楽しめなかった。高階秀爾は2016年末の「私の3点」(朝日新聞)でこの「カラヴァッジョ展」をあげているが、縁の無いものは縁が無いのである。
ついでにその「私の3点」にあがったのを紹介しておくと、北澤憲昭が「クラーナハ展」、「世界遺産 ラスコー展」、「川島清 彫刻の黙示」展。高階秀爾が「カラヴァッジョ展」、「ルノワール展」、「デトロイト美術館展」。山下裕二が「柳根澤 召喚される絵画の全量」展、「村上隆のスーパーフラット・コレクション」展、「吉田博展」。
選択の基準が良くわからない上に紹介文も極めて短く、はたして信用できるのかという気がしないでもない。新聞という公器に載せるのだから、まさか本人の趣味で、というわけでもあるまいが。むろん、私のこの記事は私だけの趣味であるけれども。
その中で私が行ったのは「カラヴァッジョ展」と「吉田博展」。「世界遺産 ラスコー展」はその記事を読んで年が明けて見に行った。9分の3だから、この年はけっこう行った方だ。
もう一つついでに、迷いながらも結局行かずじまいに終わって、今かえりみても残念だったのが以下の展覧会。
*海外でだいぶ見ており、ちょっと「今さら」感があって…。
「原田直次郎展(近代洋画・もうひとつの正統)」 神奈川県立近代美術館葉山
*一昨年のがした巡回展で、二度目のたぶん最後のチャンスだったのだが、葉山の遠さと、今の自分にとってどう見ても「お勉強的」でしかなかったから。
*ルノワールは私にとって長い間「謎」だった。今回ぜひとも行くつもりだったのだが、なぜかタイミングが合わず、残念。
そのほか、「杉本博 ロスト・ヒューマン」展(東京都写真美術館)、「藤田嗣治」(府中市美術館)、「ピエール・アレシンスキー」(Bunkamuraザ・ミュージアム)なども見逃して残念な展覧会である。
確かに展覧会というものは、若い時ならいざ知らず、数見れば良いというものではないかもしれない。絵を見るというのは体力を使うものである。また、会場を出て自宅に戻ってその内容を振り返り、咀嚼するのには、それなりの時間がかかる。続けざまに次から次へと見てゆくと、消化不良の感じがしてくる。
とは言え、やはり展覧会を見るのは楽しみであり、快楽である。勉強としても続けたいと思う。さて2017年はどんな展覧会を見に行くことになるだろうか。
(記:2017.2.28)