艸砦庵だより

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伊勢・大峰・大和への旅(観音峰山・三輪山) その1

 伊勢から大峰、大和へ、一週間の旅をした。三つのテーマ、三つの目的地、三つのパーティーの小旅行を一つに合体させたものである。

 

 一番目の旅は、高校同期の飲み会仲間との年に一度の小旅行。毎年桜を見ることが口実の一つである。4月8日、8:10東京駅集合に合わせて、前夜上野駅前のカプセルホテルに泊まった。これが大失敗。これまでも早朝の集合となると、私の普段の生活ペースでは前夜ほとんど寝ることができず、結局旅先で辛い思いをすることになる。そのため今回は余裕をもって一工夫したつもりだったのだが、うるさいやら、暑いやら、不快やらで、結局ほとんど眠れなかった。結論:私にはカプセルホテルは合わない。

 

 ともあれ、時おり小雨のぱらつく9日、伊勢に着いた。ここで東京組と山口組計10名が合流。この日最大唯一の目的地、伊勢神宮を訪れる。その歴史や意味に大いに興味はあるものの、これまで正面から相対したことはなく、当然訪れたことはなかった。こんな機会でも無ければ、おそらく一生訪れることはないだろう。正しい作法(?)にのっとって、外宮に参ってから、有志数名で歩いて内宮に参拝した。伊勢神宮そのものについては、本稿は一応山行記がメインなので、ここではふれない。というか、あまり書くことがない。個人的な感想としても、現地に身をおいたという体験で特に得られたというものは何もない。やはりその歴史と意味に正面から相対しない限り何もえられないというか、私とは縁が薄いということなのだろう。

 

 ↓ 伊勢の印象 その1 「中心は空白」

   西南日本で私の最も好きな樹は楠。(ちなみに東北日本では橅[ブナ:山毛欅、椈とも書く]である。)

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 ↓ 伊勢の印象 その2 幽玄の彩

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 その後、志摩の賢島の宝生苑ホテル、例の何年か前にサミットの記者会見が開かれたということでにわかに有名になったホテルに投宿。ここも何も言うことはない。松阪牛も伊勢海老も出なかった。

 

 ↓ 志麻の印象 花くだし―滅びの絢爛

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 翌10日、鳥羽での観光を楽しんでから帰宅する8名と分かれて、山仲間のKと下市口に向かった。これまで全く縁の無かった土地。途中の車窓の景色を楽しみにしていたのであるが、おりからの曇天と、引き続きの寝不足でほとんど眠っていた。下市口で単身山口より参加の、後輩のF嬢と合流。午後一本きりの、一時間半のバスの旅。ときおり見える、驚くほど急傾斜の山腹に巧妙にへばりついている集落に目を瞠らされるものの、やはりほとんど寝てしまっていた。終点、天川村洞川(どろかわ)温泉着。旧知のA君に迎えに来てもらい、彼の経営する民宿翠嶺館に到着。ここから二つ目の旅の目的、防高山岳部OB会春合宿、大峰登山が始まる。

 

 洞川温泉で民宿翠嶺館を経営する若いA君と知り合ったのは昨年、だったか。画家でもある彼の大学時代の先生F(奈良県在住)が私の古くからの友人であり、その友人と私の共通の恩師の作品にA君が惚れ込んだということからきた付き合いでる。もちろんそこには、A君の画家としての可能性を認めたということが、前提としてある。その縁で昨年秋にF嬢をまじえて洞川から山上ヶ岳等を計画したのだが、今も残る女人禁制のためにいったん挫折して、その時は九州の祖母山に転進した。

 本来であったら、私はこの時期は個展の予定が入っていたのだが、先方の事情により延期となった。その結果、不参加のはずであった上記の伊勢志摩旅行に参加することとなり、ついでにといったつもりで大峰行きを組み合わせたところに、高校山岳部の後輩F嬢も参加することになり、山岳部OB会春合宿とあいなった次第である。Kはもともと同期会も山岳部OB会もメンバーの一員であり、今年帰郷した山口からの参加である。

 天気が良くないのは事前にわかっていた。そのために天気予報を見ながら直前まで何度も計画を練り直した。当初の予定は初日が、洞川~レンゲ辻~稲村ヶ岳~法力峠~洞川、二日目が行者還トンネルまで車で送ってもらい、弥仙~八経ヶ岳~明星ヶ岳~栃尾辻~天川川合、というもの。だが今年は、雪はさほど多くなかったものの、春になっても気温の低い日が続き、そのため雪が融けていないとのこと。出発前に一週間ほど前のものという弥仙の記録をネット上で見ても、残雪豊かで、冬山そのものであった。K、F嬢共に雪山経験はない。とても予定通りの山行はおぼつかない。

 

4月11日 曇り一時小雨

 宿から最短コースで、ともかく法力峠まで行き、そこで判断することにする。朝食後、すぐ先の母公堂まで車で送ってもらう。登山口(7:40)からは杉の植林帯を行く。傾斜は緩やかで適当な道幅もあり、実に歩きやすい。かつての仕事道を利用した登山道だろうと思っていたが、後で聞くとA君の先々代が稲村ヶ岳に登山道を拓いたさいに、意識してなるべくゆるやかな傾斜で階段等の必要ないルートを心がけて作られたとの由。おかげで終始歩きやすい、疲れにくい道だった。植林帯もさすが林業の本場というべきか、枝打ちや間伐等よく手入れされており、明るい印象である。小さな沢にかかる橋を越え、一回の休憩をはさんで。ほどなく法力峠に着いた(8:50)。

 

 ↓ 母公堂からの登り始め

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 ↓ 法力峠

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 峠からは自然林となり、尾根上を辿らない、トラバース状の道である。上の方になると、橅も生えている。ここまで雪はほとんどなかったが、登るにつれて少しずつ現れてくる。多くはないが、部分的に凍っていて滑りやすい。タイミングを見計らって、このために持ってきた軽アイゼンを着けようと提案したが、まだ要らないという答えが返って来た。使ったことのない二人のために、練習を兼ねて早めに着けようという心づもりだったのだが・・・。

 

 ↓ 自然林の中のトラバース道 芽吹き未だし

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 ↓ 小沢やルンゼには橋がかけられている

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 道は稜線の脇を終始トラバース気味にゆるやかに登っていく。雪さえな

ければ特に問題のないルートであるが、昨年事故があったというあたりを見ると、多少の崩壊があったり、雪があったり、雪崩で倒木があったり、橋が壊れていたりと、なるほどという気はする。

 

 ↓ 雪が出始めた

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 ↓ 雪崩で壊れた橋

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 稜線に出るといきなり風が強まり、雪が多くなる。すぐ先が稲村小屋。入口のあたりはまだ雪で埋もれている。

 

 ↓ 稲村小屋

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 ↓ 稲村小屋 左に掘り下げられた入口がある

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 中には今日小屋の様子を見に来ていた経営者であるA君のお父さんがおられた。「アイゼンは持っているか。ピッケルは」と尋ねられる。軽アイゼンにピッケル無し。そしてすぐに、「ここから急に雪が多くなっており、この先のキレットの通過が危険だ。ここから引き返しなさい。」とのお言葉。納得である。雪の量も多いが、湿った重い雪で、雨交じりの風が強い。小屋の入口の温度計は1℃だから、外の風の中での体感温度は氷点下である。春山ではあるが完全な雪山だ。雪山経験皆無の者の行くべきところではない。中退である。二人は多少の未練があるようでもあったが、ここは当初の代案どおり、転進の一手。少し休憩して軽アイゼンを着け、引き返した(11:05)。

 

 ↓ 引き返し地点 本来ならここから50分で稲村ヶ岳頂上なのだが…

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 軽アイゼンがあると、確かに安全度は増す。本式のアイゼンのようにスパッツに爪を引っ掛ける心配もなさそうだ。前後して小屋を出て、登山道を整備しながら先に着いていたA君のお父さんと法力峠で再会。それとなくわれわれを心配し、見守っていただいていたようだ。感謝。ここから転進する観音峰山のことなど、少し話をして、別れた。

 

 ↓ 小屋から少し離れればこんな感じ。ガスが出始めた。

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 ↓ 途中の小沢を見上げる

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 観音峰山へは稜線上をほぼ忠実に辿る。右側が植林帯、左が自然林で、いくつかのアップダウンがある。ときおり未練がましく稲村ヶ岳の方を見るが、稜線上は雲がかかり、頂上は見えない。途中でガスストーブを出し、暖かい飲み物を作り昼食をとるが、寒い。

 

 ↓ 法力峠から三ツ塚の間

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 ↓ 三ツ塚 植林の中の一地点

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 ちょっと迷いやすいと言われた三ツ塚もなんなく通過し、ほどなくガスがかかり始めただだっ広い観音峰山1347.6mに着いた(14:20)。

 

 ↓ 観音峰山頂上 1347.6m 地理院地図では「観音峰山」、山と高原地図では「観音峰」と記載されている

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 北側は植林帯で、南側もガスがかかり、何も見えない。最近は晴れの日にしか山に行かないため、こうした天気の悪い山は久しぶりだ。それもまた山の諸相の一つであるのは間違いないが、やはり山は晴れていてほしいもの。早々に下りにかかる。

 

 ↓ 観音峰山からの下り

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 しばらく気持の良い樹林帯を行くと、眼前に開けたススキの原が出てきた。立ち入り禁止のロープが張られているが、盗掘等により激減した山芍薬の保護のためとのこと。

 

 ↓ ススキの原 ピーク上に石碑が立つ

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  ↓ 憂い顔で物思いにふけっているかと思いきや、強風に飛ばされて転倒し、膝をぶつけ、痛がっていたとのこと。

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 ピークに建てられた石碑の前に立って見るが(14:50)、やはり大日岳の岩峰も稲村ヶ岳も見えない。そこからはよく整備され(すぎ)たハイキングコース。やや意味不明な観音平の立派な休息所をへて観音峰登山口の休憩所に降り立ち(15:55)、A君に迎えにきてもらった。

 

 ↓ 見やれども大日岳の岩峰も稲村ヶ岳頂上も見えず

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 当初の予定とは大幅な変更(代案通り)で、稲村ヶ岳も翌日の八経ヶ岳も登れなかったが、今回の天気、特に例年にない残雪量では仕方がない。せめて観音峰山という大峰山脈の一峰でありながら、今回のようなことがなければおそらく登ることのなかったであろう山に、ともかく一座だけでも登ったというだけで良しとすべきなのだろう。私個人としてはなるべく近いうちに再訪し、長大な大峰山脈の中の稲村ヶ岳、山上ヶ岳、八経ヶ岳だけは登ってみたいと思っている。

 

 ↓ なぜか横画面が縦になっている。直せない・・・

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【コースタイム】4月11日 曇り

母公堂7:40~法力峠8:50~稲村小屋10:35/11:05~法力峠12:15~三ツ塚12:55~観音峰山14:20~ススキの原・石碑14:50~観音平・休憩所15:10~観音峰登山口休憩所15:55