艸砦庵だより

河村正之のページ 絵画・美術、本、山、旅、etc・・・

カタクリの咲く尾根 46年振りの寂地山

 5月1日。夕方からの飲み会(高校同期会)に合わせて、東京ステーションギャラリーで開催中の『アドルフ・ヴェルフリ展』を見に行こうと家を出かけたとき、電話がかかってきた。

 山口県周南市のパレット画廊から、社長のHさんが亡くなられたとの報。享年79歳。2日が通夜、3日が葬儀。最近は癌の再発で入退院を繰り返され、この四月に予定されていた私の個展も延期と決まったばかり。あるいは、とも思ってはいたが、こんなに早いとは思っていなかった。Hさんとは30年以上の付き合いがあり、お世話になった。恩もあれば義理もある。通夜葬儀には行かねばならない。

 隣の下松市に住む姉に連絡し、宿を確保。ついでに防府市在のKに連絡を入れる。2日に山に登る予定で、3日以降も空いているとのこと。これでとりあえず行けば何とかなるというめどは立った。

 

 翌5月2日、ちょっとした踏切事故のせいで、予定より遅れたものの、通夜には少し遅れた程度でなんとか間にあった。3日、葬儀。多少の感慨あり。終わって下松の姉の家にいったん戻り、明日の予定を考える。

 事前にKに連絡を取った以上、山に登るという選択肢は当然あったのである。再度Kに連絡を取ってみると、前日に登っているにもかかわらず、若干の行き違いもあったらしいが、4日にもまた登ることになったという。行き先は山口県の最高峰(1337m)寂地山。高校生の時にすでに二度登っているし、今回としては、ちょっとイメージ的にハードに過ぎるかなと思った。しかし同行メンバーを聞くと、高校山岳部の後輩のF嬢、W嬢、S嬢が一緒だとのこと。何だ、これは、高校山岳部の再現ではないかと驚く。F嬢とは4月にも大峰に同行したばかり。ここのところ、妙に故郷山口との縁が深まっているような気がするが、それこそまさに縁というやつであろうか。ともあれ参加を表明。ルートや計画はKにお任せである。その夜は、なぜか地元防府の飲み会にも急きょ参加したあと、例によってK宅に泊めてもらう。

 

 5月4日、K宅を出てS嬢、W嬢をピックアップ後、玖珂インター近くでF嬢と合流。寂地山へは錦川沿いに進むが、車で行くのは初めてで、どこをどう走っているのかよくわからない。しかし、天気は良く、新緑の錦川沿いの景観も水の流れも実に美しい。

 登山口にあたる寂地峡駐車場に10:10着。意外にもというか、この時期当然というべきか、満車に近いぐらい多くの車がある。ということは、みな当然登り始めているわけだ。身支度を整えて、犬戻峡沿いの舗装された林道コースを歩き始める。46年前にはこのメンバーでそろいの赤い山シャツ、大きなキスリングザックを背負って歩いていたのだと思うと、なんとも不思議な気がする。

 

 ↓ 舗装された林道を歩く。

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 途中青いユニフォーム姿の高校生らしき10名ほどの集団とすれ違う。何気なく振り返ってザックを見ると「防高登山部」と書かれている。後輩だ。現役「防高登山部」と46年後の「防高山岳部」の邂逅。少しだけ言葉を交わす。

 われわれの頃の「山岳部」はだいぶ前に「登山部」と名を変え、現在は男女ともインターハイの常連校、強豪校として有名であるらしい。クライミングも盛んで日本人女子として初めてワールドカップで優勝(!)した小田桃花なども輩出している。部員数も35名と多く、われわれの頃と比べると雲泥の差、隔世の感がある。とはいえ、ほぼ何の規制もなく、それなりに自由にやっていたわれわれの頃に比べ、「インターハイ優勝が目標」などと競技性があまり強調されることには違和感を覚えるが、まあそれは年寄りの余計なお世話というものだろう。ちなみに今回の女性三名は、45年前に女子パーティーとして山口県から初めてインターハイに出場したメンバーである。もっとも、その当時女子のいた山岳部は県内で一校しかなかったという事情もあるが。

 今回は新人歓迎合宿とのことであるが、この先行の10名ほどは訓練に特化した、いわば精鋭であるらしい。その後も新人をまじえたグループや一人離れて最後尾から来る顧問の先生などが続々と降りてくるのに出会った。とにかく偶然とはいえ、ここでも故郷との深い縁を感じさせられた出来事であった。

 

 ↓ 犬戻峡遊歩道

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 しばらくすると林道は右に大きく尾根を回りこむようにカーブし、左に谷の左岸沿いの犬戻峡遊歩道が分かれる。そちらに入る。よく整備されており、歩きやすい。前方左に三段の立派な滝が見える。本流なのか支流なのか、ちょっとわかりにくい。地図上では顕著な支流は見当たらないのだが。そこからすぐに犬戻の滝に着き一服する。

 

 ↓ 水量からすれば本流だと思うが、地図にはこれにあたる滝記号なし

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 ↓ 犬戻の滝と若者たち

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 ここにも若者が大勢いる。聞くと今度は山口高校山岳部(登山部?)のやはり新人歓迎合宿だという。新緑の光あふれる渓谷の、なんとも若々しい光景である。それは60歳をとうに越えたわれわれを逆に照射し、年月なるものの残酷さというか、当り前さを感じさせずにはおかない。だがまあ、この美しい風景の中でそんなことを思ってみるのも鬱陶しいだけだ。ともあれ、近年絶滅危惧種と言われていた学校山岳部であるが、先日の那須での高校山岳部合同訓練の雪崩遭難に関連して報道された記事で、高校運動部に所属している人数が柔道部に次いで16位というのには少々驚いた。悪いことではない。若い時に山に登るのは基本的に良いことだ。そこから先は当人の問題。競技性も結構だが、山という大いなる自然性を充分に味わってほしいと、老婆心ながら、願うばかりである。

 

 滝や渓谷の美しさよりもむしろ若者たちの姿に感動した後、ふたたび谷から離れ、林道を辿る。ほどなく林道終点登山口の表示があり、そこから山道となる(12:00)。とはいえ、あいかわらず良く整備されており、歩きやすい。スミレ、ミヤマカタバミ、ネコノメソウ、キケマンなどを愛でつつ、1ピッチで尾根に乗る。

 

 ↓ ??スミレ 詳しくは知らない

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 ↓ ミヤマカタバミ ピンボケ

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 辿り着いたなだらかな尾根上は一面のカタクリの花。カタクリがあるとは間際に聞いていた。カタクリならすでに盛りは過ぎているが、自宅周辺にいくらでもある。とはいえ、ここほどの規模のものではない。特に期待もしていなかったが、実際には見事なものである。

 

 ↓ カタクリの群落

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 ↓ ちょっとズームで。 この花弁の反りっぷりが潔い。

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 ↓ カタクリを撮る。枯れ枝の結界。(撮影:K氏)

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 頂上はそこから一投足(13:20)。1337mの山口県の最高峰である。山塊としてはすぐ近くの冠山1338.9mの方がわずかに高く、三角点もそちらに置かれている。46年前と47年前に来た時はいずれも三月だったため、雪もあり、誰とも会うことのなかった山頂だが、今回は多くの人がいる。カタクリの咲くゴールデンウィークが、この山のハイシーズンであるようだ。それなりに良い頂上だ。大きな橅の木が立っている。中国山地最大級と言われる橅林だそうだ。東日本で見る地衣類をまとった白い樹肌と違って、緑色の苔類をまとっている。

 

 ↓ それぞれ色々あったでしょうが、46年ぶりのこのメンバーで、この頂上

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 珍しく、コンビニ弁当以外に、インスタントみそ汁やフルーツ、ケーキ、コーヒーまである豪華な昼食をとる。たまにはこういうのも良いものだ。

 頂上からはいったん先ほどの犬戻峡からのコースの合流点まで戻り、そのまま直進して右谷山を目指す。ルートは幅広くなだらかな尾根。ずっと樹林帯だが、芽吹いたばかりの落葉広葉樹が多く、この時期は明るい印象である。木の間越しに中国山地の山々が遠望できる。かつてはドンくさいだけで、さほどの魅力も感じなかったが、今こうしてみると、新緑のせいもあるのか、それなりに魅力ある山域である。それは、私自身の山に対する鑑賞能力が高まったということもあるだろうが。

 

 ↓ なだらかな橅の縦走路。

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 ↓ 振り返り、冠山遠望。

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 ↓ 中国山地の山々 (撮影:K氏)

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 道の左右にはずっとカタクリの群落が続く。自生地に立ち入らないようにと書かれた小さな看板がところどころにあるが、ロープなどは張られておらず、わずかに倒木や小枝を利用した結界があるだけで、それも感じが良い。

 行きあった何人かの人に白いカタクリがあると教えられ、それとなく見てゆくと確かにいくつか白いカタクリがあった。雄蕊の先はわずかに薄い青緑。アルビノということだろうか。独特の孤高というか、清楚な印象である。

 

 ↓ 白いカタクリ。残念ながらピンボケ。

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 ↓ 同じく白花カタクリ。同じくピンボケ。

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 みのこし峠、15:08。風邪をひいて体調があまり芳しくなかったS嬢が、右谷山には行かずここで待っているという。待っているくらいなら先にゆっくりと降りることをすすめると、KやF嬢に比べ、最近の山歩き経験がやや少ないW嬢も付き合うと言う。多少残念だが、あまり右谷山に未練のなさそうな二人で先に降りてもらうことにして、残る三人で右谷山を目指す。急にペースの速くなったKとF嬢の後を追いかける。1260m圏の錦ヶ岳(地図に山名記載なし)の少し先が右谷山1233.9mの山頂(15:35)。特にどうということもないが、悪くない。標高の数字に若干の趣味的こだわりをもつ私としては、四捨五入すれば1234mとなるこの山は貴重だ。ともあれ、初めての山頂だ。少しばかりの感慨あり。

 

 ↓ みのこし峠~右谷山の間

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 ↓ 私は別に機嫌が悪いわけではありません。

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 写真を二三枚とっただけでみのこし峠に引き返す。下りは寂地峡沿いの、やはり歩きやすい道。

 

 ↓ 穏やかな寂地峡上流部 (撮影:K氏)

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 途中不思議な石組の構築物を見た。炭焼き釜かと思われた石組の下に、もう少し規模の大きなものがある。帰宅後調べてみたら、かつてこのあたりで伐採をした木を、水車を利用して製材したその施設の跡だとのこと。水車で帯鋸を回したということか。それだけの設備を必要としたということは、ずいぶんと伐採したのだろう。伐採される前の樹林におおわれた山は、どんなだったのだろうか。見てみたかったような気がする。

 

 ↓ 水車利用の製材所跡

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 おだやかな上流から下るほどに谷は深くなり、まもなく木馬トンネルにさしかかる。その手前の寂地峡左岸の尾根上にある、小さいが面白かった記憶のある岩峰、竜ヶ岳は落石のため登山禁止の鉄柵が設置されていた。

 

 ↓ 真っ暗な木馬トンネル入り口

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 木馬トンネルもかつて通過したはずだが、全く記憶にない。頭のつかえそうな内部は真っ暗で、意外に長い。左に五竜の滝経由のルートも分かれていたが、楽で早く着ける方のルートを選び、ほどなく寂地峡駐車場に着いた(17:25)。先に降りた二人ものんびり降りたせいか、ほんの少し前に着いたばかりだとのこと。

 

 全く予定のなかった時期に、まったく登る気のなかった山だったが、結果としては良い山行になった。期せずして46年ぶりに一緒に登ることになったW嬢S嬢をはじめとする、防高山岳部という縁の取り結ぶ「人」のゆえでもあり、全く期待していなかったカタクリをはじめとする花々のおかげでもある。登山としては難しいところも急登もなく、穏やかに楽しめるコースだった。周辺の沢や藪尾根といったバリエーションルートを探るなどということは、今の私にはありえないだろうが、その気になれば魅力のある山域だと思う。

 東京に終の棲家を定めた現在、山口県中国地方の山に登る機会は、今後ともそう多くあるとも思えないが、少なくともKやF嬢にその気がある限り、可能性はいつでもあると思えるのは、なんとも心楽しいものである。御両人、そしてWさん、Sさん、機会があったらまたよろしくお願いします。

 

 ↓ 寂地山で見た花:ボタンネコノメソウ (ヨゴレネコノメソウだと思ったが、帰宅後調べたらボタンネコノメソウだった。ちなみにヨゴレネコノメソウはイワボタンの変種だとのことで、なかなか奥が深いというか、よくはわからない)

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 ↓ 寂地山で見た花:名前はわからない。これもピンボケ…。

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 【コースタイム】2017年5月4日

寂地峡駐車場10:20~犬戻の滝11:10/20~林道終点登山口12:00~寂地山頂上13:20/14:15~みのこし峠15:08~右谷山15:35~みのこし峠16:05~木馬トンネル~寂地峡駐車場17:25