艸砦庵だより

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2018年の山始め―玄房尾根から雨降山越え不老山へ

 また、中一ヶ月空いた。理由というほどのものはなく、要はモチベーションの低さということだろう。ともあれ、2018年の山始めである。

 今年の冬は寒い。北陸や東北日本は大雪で大変そうだ。わが家の方でも二度ばかり降雪があり、多少の雪かきもした。しかし、それ以外は、例年のことながら、雪害で悩む地方に比べれば申し訳ないほど晴天続きである。とはいえ、その一週間ほど前の雪はまだ山間に残っており、ちょっとルートの選択に迷う。それでなくとも、手近で面白そうなところは、ほぼ行き尽くしたとは言わないが、それに近い感がある。

 

 決めかねて、何となく『山梨県東部の山(東編) 登山詳細図 権現山・扇山・倉岳山・高柄山 全130コース』(作成・解説・踏査 守屋二郎 2017年 吉備人出版)を眺める。

 この『登山詳細図』シリーズは、何年か前になんとなくといった感じで『奥多摩東部』『奥多摩(西編)』を買い、その後、『丹沢(東・西)』、『奥武蔵』と買った。当初はその物好きなというか、ユニークさは認めたものの、国土地理院の地形図に長年慣れてきた身としては、正直言って見づらく感じ、あまり利用することもなく、見ることも少なかった。しかし最近は先に述べたように、一般的なところをだいぶ登り尽くした結果、必然的にマイナーなバリエーション的なルートを探し出さざるをえなくなってくると、俄然その有効性に気づいたのである。当初感じた見づらさも、自宅での事前研究用と割り切ってしまえば、あまり気にならなくなる。やはり、縮尺で言えば『山と高原地図』が5万分の1であるのに比べて16.500分の1という大きな縮尺であることと、国土地理院の路記号の不正確さに比べて脱帽せざるをえないその正確さは、貴重である。

 調べてみると、関東以外でも『六甲山系(東・西)』や『吉備路の山』はともかく、『和気アルプス』『沙美アルプス』とか、正直言ってどこにあるのかも知らないような山域の詳細図が出されている。岡山県の出版社であるという地方性を強みにしているのだろうが、たいしたものだと感嘆する。

 次いでその流れで、ネットで調べてみると「登山詳細図世話人の日記http://mordred1114.blog.fc2.com/ 」というブログを見つけた。その副題に「全国に登山詳細図を広める活動をスタートさせた世話人の日記」とあり、そういう発想なのかと知った。伊能忠敬ばりの手押しの測量車(というのだろうか?)を押しながらの実地踏査というのには驚いた。正確なはずである。一般的なガイドブックにあきたりなくなった人や、国土地理院地図に記載された路の不正確さに不満を持つ人には、この「登山詳細図」は確かに有効だろう。

 

 ↓ 実測用の手押し車(?)正式な名称はわかりません。上記ブログより転載

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 ↓ 同上 平成の伊能忠敬たち

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 しかし、本当に良いことばかりだろうかと考えてみると、やはりマイナス面もなくはないと思われる。それはまず第一に、経験が浅く、読図力がない人がそこに記されている一般的でないルートに安易に行く際の危険性である(むろん難易度別の表記分けがされてはいるが)。

 東京の山でも、平成28年で、長野、北海道に次いで全国第三位の151件(全国では2495件)の遭難事故があり、死者・行方不明者10名(全国では319名)、その理由の1位が「道迷い」である(38.1%)。ちなみに年齢別では60~69歳が25.5%と最も多い(以上「平成28年における山岳遭難の概況」警察庁生活安全局地域課 による)。

 長く東京都の警察の山岳救助隊をやっておられた方の話では、いわゆるバリエーションルート的なところでの事故が多いとのことである。その元救助隊副隊長Kさんいわく「一般ルート以外、行かなければよいのだ」とのこと。それは一理ではあるが、山屋としてはそうはいかない。

 最近は(紙の)地図やコンパスを持たず、スマホGPS搭載のなにやらだけで山に登る人も多いと聞く。実際、国土地理院の地形図は売れなくなっているらしい。ある登山のブログで、「IT機器、デジタル機器を使いこなせる人向きルート」などというグレード分けがされているのも見かけた。地図やコンパスを持っていても、それが使いこなせなければ同じことであるが。

 IT機器、デジタル機器との併用は良いとしても、地図を読み、地形を読むという登山の基本的な作法は今後とも必須であろう。その上で、この「登山詳細図」が広まり、一定以上の経験のある人に有意義に使われるのであれば、それはそれでかまわない。登山人口の多い東京や大阪、名古屋といった大都市近辺ではこの「登山詳細図」は一定の需要があるだろうが、それ以外の全国となるとどうであろうか。

 第二として、パイオニアワークとまで大げさには言わぬまでも、登山の楽しみ・醍醐味の一つとして、地図を見てルートを探す、自分でルートを創るということがある。「登山詳細図」は結局のところ「新たな既成ルート」を提示することになるわけで、そこからただ選ぶというだけでは、従来のガイドブックや登山地図となんらかわりはない。それは、登山者自身がルートをみつけ、ルートを創るという楽しみを放棄するということでもあるのだ。結局のところ、それらをどう両立させるかは、ひとえに登山者自身のセンスや思想にかかっているのである。

 

 例によって、だいぶ話がずれた。山行に話を戻す。

 五日市駅6:52発。上野原駅8:06。上野原駅のバス発着場は狭い北口にしかない(四月から南口の方に移動するとのこと)。8:30発のバスを待っていると、妙に愛想の良い山梨交通のおっさんが話しかけてくる。見ればそこの切符売り場の壁には、手作りのハイキングマップがいくつも置かれて、ずいぶんと熱心かつ丁寧に情報提供してくれている。むろん私が目指す玄房尾根に関するものはない。玄房尾根は、地理院地図には破線が、山と高原地図には実赤線が記されているにもかかわらず、ガイドブック等ではあまり紹介されておらず、人気はなさそうな尾根である。つまりバリエーションというほどではないが、マイナーなルートだということは確かだということだ。しかしまあ、行ってみなければわからない。

 

 初戸バス停着9:05。導標にしたがって、鶴川の橋を渡り、左に進み尾根に上がる。最初から雪はあるが、せいぜいくるぶし程度。だいぶ前の踏み跡がかすかに残っている。その上に獣の足跡が点けられている。

 

 ↓ 登り始め

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 ↓ 玄房尾根の下部 尾根沿いにケーブルが少し先のアンテナまで登っている。

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 橋から雨降山まで標高差は800m弱。前半はそれなりの傾斜があるが、路が九十九折りのおかげで、キツさはない。周囲は植林と広葉樹林が半々といったところだが、登るにしたがって植林の割合が増え、単調な登りが続く。振返ると笹尾根の丸山あたりが意外に高く見える。

 

 ↓ 振り返り見る奥多摩の笹尾根 中央は丸山だろうか

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 ↓ 植林帯の登り 風で雪のシャワー 寒い

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 多少雪が深くなっても、くるぶしぐらいなので、ラッセルというほどではない。それほど登りにくくはないはずなのだが、踏み跡や道形が不明瞭になり、本来の路からはずれると急に消耗度が増す。道形を外さないためには、足裏の感覚だけが頼り。

 それより何より、寒い。風が冷たい。天気予報では今日の上野原の最高気温が6℃とのこと。おそらく観測地点であると思われる役場の標高が258mで、今回の最高地点の雨降山が1177mだから、標高差は919m。標高差100mで0.6℃下がる計算だから、雨降山頂上では0℃近いということになる。風があれば体感温度はもっと低くなるから、つまり氷点下ということになるわけだ。指先も足裏も鼻先も痛いほど冷たい。

 

 ↓ 主稜線近く 少し雪が深くなってきた 妙に疲れる

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 傾斜が弱まったあたりから少し雪が深くなるが、それでもせいぜいスネ程度。そのあたりから少しペースが落ちてきたのか、だいぶ登ってきたように思うのだが、なかなか主稜線が近づいてこない。妙に疲れる。雪は時おりひざ近いところも出てくる。やはり深くないとはいっても雪の影響が大きいのか、予定では休憩を入れてせいぜい3時間程度とみていたこの尾根の登りに、何と4時間近くもかかってしまった。

 

 ↓ 主稜線に出たところ 前方権現山へ

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 この東西に延びる主稜線は、昨年6月に用竹から権現山をへて三ツ森北峰までを縦走した。今回のラインはそれを南北に横断することになる。主稜線と合流したところは、ほぼ雨降山山頂と言えるところ。ただし、そこに三角点はなく、いくつかの無機質な測候所の施設があるだけ。山名表示板もない(たしか権現山方向に少し進んだ、ピークでも何でもない路のかたわらに立てられていたような記憶があるが・・・)。雨降山という山名からすれば、雨乞い信仰と関係するのではと想像されるが、それらしき祠なども見当たらない。足を止めることもなく、そのまま南に下る。

 

 ↓ 雨降山頂上の測候所

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 ↓ 雨降山山頂からの下り 前方に富士山が見える

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 南面に入れば雪も少なくなるかと思っていたが、そうでもない。急な樹林帯の下降は、ほぼ立ちセード(ピッケルなしで立ったままグリセードの要領で滑り下りる)で快適に下る。先ほどまでのスローペースが嘘のように早い。右からの巻き道を合わせると新しい踏み跡が続いている。和見峠を過ぎると尾根はゆるやかになり、ほどなく林道に出た。

 

 ↓ 立ちセードで下ってきた植林の尾根を振り返る 

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 ↓ 林道 右から降りてきて左へ進む

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 林道を越えたすぐ先の889mがゴド山ということなので、ちょっと立ち寄ってみた。何の変哲もないところに古い手書きの山名表示板があり、わずかに「ゴウド山」と読みとれる。ゴド山というちょっと珍しい山名に、淡い興味があったのだが、ゴウド山ならわかる。方角は違うが、来る途中のバス停の一つにも神戸(ごうど)とあり、「かのと」などと読まれることもあるが、多くは大きな岩場などに由来する地名であり、それは山地ではわりとよくある地名なのである。おそらく近くにその元になった岩場があるのではなかろうかと想像される。

 

 ↓ 「ゴウド山」の山名板

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 なだらかな尾根を進むと、高指山911mの山頂。笹尾根方面が木の間越しに見える。高指山からの下りになると自然林が増え、尾根は細くなり、少し良い感じになる。

 

 ↓ 高指山山頂 奥は東西に延びる権現山稜

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 ↓ 少し尾根が細くなってくる

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 ↓ 不老山頂上の手前 左右は切れている

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 不老山839.4m着15:30。不老山とは、なにかいわれや伝説でもありそうな山名だが、私は知らない。こちらは日々、老いを感ずる今日この頃である。

 山頂からは南側が開け、展望が良い。桂川を挟んで、倉岳山から高柄山の山稜、その奥に道志の赤鞍ヶ岳山稜、さらに一番奥に北丹沢の加入道山、大室山が大きい。重層的な大景観である。気がつけば西奥に富士山が大きく座している。

 

 ↓ 不老山頂上

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 ↓ 山頂より南を見る 手前桂川 一番奥が丹沢の加入道山と大室山

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 ↓ 富士

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 ふと気づけば、もう15:40。帰りのバスは16:20。あと40分しかない。その次となると17:41。間に合うかどうかわからないが、とりあえず下りを急ぐ。まだ残る雪を利して九十九折りの路をショートカットして急いだおかげで、下山口の墓地の所に30分少々で着いた。間に合ったと思ったが、バス停がなかなか現れない。下り始めて以来微妙に痛み始めた左の股関節をだましだまし、ようやくバス停に着いたのは、ちょうど出発する寸前の16:20だった。

 

 今回はわざわざ雨降山という大きな峠越えをして、小さな839mの不老山の頂上に立ったようなものだ。特に登りたかったというルートでもなく、「登山詳細図」を見てふと思いついたルート。あまり取り上げられないルートはやはりそれだけのものでしかないというのが、今回の結論のようだ。むろん、実際に行ってみなければわからないのであるが、今回は正直言って、あまり面白みのない、印象の薄いルートであった。

 

 なお、今回は前半の登りで、ふだんとは違った妙な疲れを覚えたのだが、それは中一ヶ月空いたのと、多少の積雪のせいだと思っていた。それにしても、下山後もなかなか疲労がとれない。珍しく筋肉痛がある。その時になってようやく思い当たったのだが、実は出発する数日前に、女房が隣家の人からB型インフルエンザを移されていたのだ。そして、出発時点で私もそれを移されていたようなのである。登りの際の妙な疲れも、帰宅後の疲労感も筋肉痛も、そのB型インフルエンザのせいだったようだ。この稿を記している今日現在、明らかに私はインフルエンザ患者である。

 

 ↓ ルートの前半

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 ↓ 同後半

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【コースタイム】2018.2.7(水)晴れ 単独

上野原駅8:06/バス発8:30~初戸バス停9:05~玄房尾根~雨降山13:00~林道13:40~ゴド山13:53~高指山4:47~不老山15:30~墓地16:05~不老下バス停16:20~上野原駅                      (記:2018.2.10)