艸砦庵だより

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秋合宿・弾丸日帰り百名山 その2 八幡平 (2018.10.16)  

 

10月16日(火)

 前夜は、いこいの村岩手・焼走り温泉に泊まった。今日のコースは時間の余裕もある。ホテルでゆっくり朝食を食べて出発する。

 アスピーテラインなる有料道路を行く。アスピーテライン?どこかで聞いたことがある。霧ヶ峰だ。そうか、八幡平もアスピーテ=楯状火山、つまりそれで高原状なのかと腑におちた。針葉樹と白樺で織りなされたおほどかな広がりである。

 

 茶臼岳登山口と表示された駐車スペースに車を止める。そこはすでに標高約1350m。瀟洒な面持ちの茶臼岳が少し気取って肩をそびやかす風情だが、標高差はたかだか228m。最終目標の八幡平山頂でも1613.3mだから標高差は263m。昨日の標高差1450mを思えば気楽な高原ハイキングである。

 

 ↓ 茶臼岳登山口から見る茶臼岳

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 ↓ 笹原の中に敷かれた木道

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 指導票に導かれてよく整備されたゆるやかな登山道を進む。笹原を切り拓いて木道が敷かれた道。かたわらのナナカマドの木には宝石のような赤い実が生っている。振り返れば昨日登った岩手山が重厚な姿を見せている。

 

 ↓ 振り返れば岩手山

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 ↓ 賢治の作品の中に出てきそうなナナカマド

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 ↓ 茶臼岳直下より振り返る

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 明るい山稜を40分ほどで茶臼山荘。左に低いオオシラビソの中の路を少し進めばもうそこが頂上だった。三角点のすぐ前が大岩のある大展望台となっている。いまさらながらの膨大な広がり。点在する湖沼群。顕著なピークのない中で少しだけ目立つあの山は何だろうか。

 

 ↓ 茶臼岳三角点の前の展望台にて

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 ↓ あのモッコリは何山?

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 いったん茶臼山荘に戻り、縦走路を進む。縦走路とは言ってもそもそも尾根の感じは全くない。入山者の多さからか、道はえぐれ、掘りこまれたところも多いが、木道、木段はよく整備されており、地面を歩くよりも木道・木段の上を歩く割合の方が多いほどだ。

 ゆるやかに下ると湿原が現れる。季節がら、花がないのは仕方ないが、秋の湿原の風情もそう捨てたものではない。

 

 ↓ 黒谷地湿原 一片の花もない

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 その湿原を過ぎ、笹原を歩んでいると突然先頭のKの声。「熊だ!」数m先の登山道を横切って、笹薮の中に消えていったと言う。他の三人は残念ながら目撃していないのだが、まさか幻でもあるまい。とりあえず大声を出し、追い払う(?)。

 これまで山で熊と遭遇したことは何度もある。といっても多くの場合は遠くから見たり、今回のように一瞬の出会いだったが、一度だけ蔵王沢登りのビヴァーク明けの起き抜けに、二頭の親子熊(といっても両方とも同じぐらいの大きさ)と5分ばかり間近で対峙した時は、さすがに恐怖を覚えた。

 まあ、とりあえずもう大丈夫だろうと先に進む。すれ違う登山者に一応情報を伝え、注意をうながしておく。八幡平は楽に登れる百名山なので、さすがに登山者は多い。体力的なことからも、岩手山に比べ、年配者の率、女性の率が高い。

 ほどなく源太森1595mの頂上(11:53)。特にどうということもないが、まあ一応頂上である。

 

 ↓ 源太森山頂 何だろうこのノリは?

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 下ればほどなく大きな八幡沼の一端にでる。先ほどよりも規模の大きい湿原が広がる。曇ってきて少し暗い印象だが、盛夏のころはまた違った印象となるだろう。

  

 ↓ 八幡沼

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 ↓ 八幡沼横の湿原。まさに「平」は「岱」でもある。岱はぬたとも読み、山上の湿原湿地のことを言う。

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 沼の畔の凌雲荘のそばで昼食をとる。そこで初めて気がついた。弁当を車に置いてきたことを!仕方がない。持っていたバナナと行動食、そして皆から少しずつ恵んでもらえばもう充分であった。それにしても昼食を置き忘れてきたというのは初めてだ。まったく、長く生きているといろいろあるものだ。

 周辺には軽装の、容姿から見て中国人と思われる人が多くいる。それにしては静かだなと思っていたが、下山後のホテルでは台湾からの団体客が多く来ていた。その人たちのようだ。同じ中国人と言っても、中華人民共和国の人と中華民国の人ではだいぶ印象が違う。

 

 ↓ 八幡平と左が凌雲荘

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 昼食を食べ終わって歩き出せば、すぐ先が八幡平の山頂だった。単なる笹薮の中の何の変哲もない一地点に大きな櫓というか展望台がある。ふと気づけば、その足元に三角点がひっそりと在る。まあこのロケーションでは、三角点はあっても櫓でもなければ頂上の格好がつかないのだろう。

 

 ↓ 八幡平山頂 左奥に三角点が見える

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 ↓ 八幡平山頂展望台にて

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 下りだす頃から少し雨が降り始めた。その中を軽装で登ってくる人がまだ多くいる。この天気と時間では頂上の櫓に登って、八幡沼まで往復して終わりだろう。四月に登った四国の剣山では、歩き出して最短時間で登れる百名山と言っていたが、こちらはそれよりも短いのではないか。少なくとも車を降りてからということでは、間違いなくこちらの方が早く頂上に着ける。

 

 ↓ こんな小さな沼があちこちにある

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 頂上から駐車場まで30分足らず。何台もの大型バスや車が停まり、もはや下界である。1時間ほど待って定期バスに乗り、車を置いてきた茶臼岳登山口に戻る。かくて今回の登山は終了である。

 

 アスピーテラインを下りはじめ、標高が下がると、雲の領域を抜け出したらしく、晴れてきた。途中、大きく湯気を上げていた地熱発電所(関係の施設?)や団地のような廃墟らしきものが見えた。どうやら地図にある旧松尾鉱山関係のものと思われ、興味がわいた。近寄って見てみたいが、そう簡単にはいかないようだ。

 

 ↓ 地熱発電所関連

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 ↓ 旧松尾鉱山関連の住宅廃墟群

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  途中前の車が徐行している。ふと見ると犬がいる。犬?いや狐だ。少しケガをしているようだが、逃げもしない。餌をねだっているのどだろうか、車に寄ってくる。つい、何か与えたくなるが、与えるべきではないのだろう。それにしてもなぜこの狐はそんなに悲しげな眼をしているのか…。

 

 ↓ 狐…です

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 ともあれ、私は狐を見たのは初めてだった。これで本州に棲む哺乳類はほとんど見たことになるのかもしれない。月の輪熊、鹿、猪、狸、穴熊、イタチ、オコジョ、テン、黄テン、モモンガ、ムササビ、リス、兎、鹿、カモシカキョン(鹿の一種、外来種だが)、アライグマ(外来種)・・・。さすがに羆やアマミノクロウサギイリオモテヤマネコは見たことがない。そういえば、ヤマネも見たことはなかった。思えばそれぞれ貴重な体験だ。

 

 そうこうしているうちに、ふと松尾鉱山資料館という看板を見つけたので、立ち寄ってみた。松尾鉱山そのものについては何も知らなかったのだが、ふんふん、そうかといった感じで、少し勉強になった。

 吾々の世代ではまだ多少は体験している昭和の雰囲気・ありようが実感される部分もあり、それなりに面白かった。特に一頃(今でもまだ多少はそうであるが)、明治から戦前にかけて日本の主要輸出品の一つであったマッチのラベルのコレクターであった私には、マッチ=硫黄の線で興味深かったのである。このように、旅先で思いがけず自分と関係あるものと出会うことがあるということの、その可能性も、こうした遠隔地での山旅の面白さの一つでもあるだろう。もちろん、そうした個人的興味に、共感ないし少なくとも寄り道に付き合ってくれるメンバーでなければ、通り過ぎて終わってしまうのであるが。

 その夜は八幡平温泉郷ライジングサンホテルに泊。台湾からの団体客が多かった。前夜のいこいの村岩手・焼走り温泉もそうだったが、温泉、食事ともあまり印象に残っていない。もちろんそれなりにリーズナブルな観光ホテルなのだから、やむをえないというか、多くを望むのは贅沢にすぎるというものかもしれない。ちなみに当初私が計画していた、蒸ノ湯温泉も後生掛温泉も、宿は満員で、結局は泊まれそうになかったわけだから、なおさらそう思わざるをえない。

 

【コースタイム】2018年10月16日(火)

茶臼岳登山口9:25~茶臼山荘~茶臼岳1578.2m10:02~源太森1595m11:53~八幡沼凌雲荘12:25~八幡平山頂1613.3m13:05~見返峠13:35 バス発14:30

 

 

10月17日(水)

 ホテルでの朝食後、前々夜泊まったホテルに置いていた、Tの旅のバイクを回収しに、盛岡市街に向かう。山口県からバイクで山陰~北陸と走って盛岡で合流したTは、この後さらに十和田湖津軽~恐山と走って東京に向かい、その後フェリーで北九州を経て帰るという。トータル18日の、(主に)バイクと(一部)テントの旅。孫もいるというのに、いったい何を考えているのだろう、この男は。まあ、あまり人のことは言えないが…。

 

 吾々の方は毎度のことだが、帰りがけの駄賃に、今回は私の希望もあって、宮沢賢治ゆかりということで、小岩井農場に寄ってみた。名作の長詩「小岩井農場」の舞台である。もとより当時の雰囲気そのままというわけにはいかないだろうし、一部はテーマパーク化しているが、有形文化財に指定されているという、牛舎(今も現役)や関連建造物、資料館などを見ることができた。一部は宮沢賢治の時代にもあったものである。100年近い年月は隔たっているものの、それなりのゆかしさというか、当時のハイカラさを感じとることができた。何点かの建造物をスケッチした。賢治の詩碑も悪くなかったが、詩文の書体が活字体だったのは残念。

 

 ↓ 小岩井農場 有形文化財の一つの牛舎

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 ↓ 小岩井農場 これは別の牛舎の内部

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 ↓ 同じく小岩井農場 双子型サイロ いい感じだ~

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 ↓ 同じく小岩井農場の木造サイロ。私の一番のお気に入り。いずれ私の作品に出てくるかもしれない。

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 ↓ 賢治の詩碑

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 ついでにF嬢の希望で、さらに足を少し伸ばして「小岩井農場の一本桜」なるものを見に行く。私は今回までその存在を知らなかった。いやどこかで画像を見たことはあるのだろうが、特に意識はしなかった。日光戦場ヶ原のそれやら、尾瀬のそれやら、同様のものはよくあるが、有名なそれらを画像で見ても、多くは(おそらくはそれらが有名であるがゆえに)人工的というか、美しく加工されすぎという印象を持つのである。もちろん現物を見ればまた違うだろうが、要は画像化されたものに対する不信感が最初にあるのだ。つまりは有名なものは嫌いというへそ曲がり。

 今回の小岩井農場の一本桜は、それはそれで悪くない。残念ながら岩手山は雲の中、雪もなく、当然ながら花も咲いていない。しかし確かに残雪の岩手山を背景にして満開の花の時期であればさぞやと思わせるものはある。そこに多くの観光客さえいなければ。

 

 ↓ 小岩井農場一本桜 農場の敷地内なので近づくことはできません。

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 ↓ 同上ズーム 岩手山は雲の中

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 その後はひたすら東北道を南下し、20時過ぎにわが家に到着。二人ともわが家で最後の一泊。

 

10月18日(水)

 昼過ぎの羽田発の飛行機に間に合わせるには、F嬢希望の高尾山に登るにはちょっと余裕がない。ということで、今回はわが家の裏庭というか、私の山散歩コースの一つの、広徳寺から金剛の滝に行った。Kは二度目だが、F嬢は初めて。ま、東京の裏山はこんなもんです。

 

 ということで、今回の秋合宿、岩手山と八幡平の二つの日帰り百名山は完全終了。

 今回の二つの山は、一つは富士山型成層火山(コニーデ)、一つは楯状火山(アスピーテ)≒高原ということから、火山特有の地形の単調さゆえに、山登りとしてはそう面白いものとは言えなかった。だが火山であれ、褶曲山脈であれ、準平原であれ、それぞれが山の個性なのだ。そして登り自体の面白さと、登った喜びとは、本質的にはまた別のものである。要はいろんな山があるということなのだ。

 そして、久しぶりの東北の風土性を多少とも味わえたことは、やはり楽しかったのである。

 

 

附録:帰宅後に作った拙作五首。

 

   みちのくの山 五首

成層火山(コニーデ)の単調なれば優美なる

姿態をさらす岩手山 午后   

 

愛らしきゆえに忘らる人あるべし

姫神山の小(ち)さく可愛ゆく

 

茫洋とただ連なれるみちのくの

山山の憂ひ誰ぞ知らなむ  

 

山中の瞳のごとき沼沼の

秘かな息は今日も吐かれる

 

みちのくの山巓に在る不思議さよ

かく人生のその意味不可知(しらず)

 

 *( )内は本来はルビなのだが、このサイトではルビはフリガナとして表示されず()に入れられてしまう。ちょっと読みづらくなるが、ご勘弁を。

 

                           (記:2018.10.29)