艸砦庵だより

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石仏探訪-6 「湯島・小石川石仏探訪と二つの展覧会」 (2020.9.20)

 三日前の話。千代田アーツ3331に勢藤明紗子さんの展示を見に行った。

 

 秋葉原から歩いたが、途中にはロリータというのか、メイドファッションの女の子たちが何人も立ち並び、ビラ配りやら呼び込みの営業中。ふつうのことなのだろうが、私はそうした光景を見たことがなかったので、驚くというか、少し感動して道々観察させていただいた。

 みなそれなりに若く美しい。現代のアイコン。最近の石仏探訪のせいか、私には、彼女たちが、路傍の観音様や如来、あるいは道祖神であるように見えてきた。幻想というよりも、ほぼ妄想であろう。だが観音は三十三の姿(すなわち無限)に変身して現れるというから、十八身:優婆夷身(うばいしん/髪の長い女性の姿、からだは白肉色。)、二十一身:婦女身(ぶにょしん/天女の姿。愛嬌があり、からだは白肉色。)、二十三身童女身(どうにょしん/少女の姿で、顔は珂雪色〔乳白色〕)のいずれかであっても不思議ではない。そうした考察(妄想)によって、自分の作品世界に一つ新たな枠組みを得たと思った。

 

 閑話休題

 

 勢藤明紗子さんは、昨年一度だけお会いした、私の昔の教え子の「つれあい」。その時、スマホで見せていただいた作品に興味を惹かれたのだが、京都在住ということもあり、実見する機会がなかった。今回は千代田アーツの中のex-chamber museumでの企画グループ展に出品されていた。

 出品されていたのは思ったより小さな作品ばかりだったが、やはり興味深かった。手描きのレース編みのような、一種の超絶技巧の趣き。京都市立芸大陶磁器専攻出身ということにも関連するのだろう。その中でも規則性・繰返しの強い作品よりも、そうでない作品の方が世界性を立ち上げそうで、私の好みであった。そうしたタイプのもう少し大きなサイズの作品を見たいと思った。ともあれ、どうにも心惹かれる。いつか、彼女の作品の影響が、私の作品にも出てくるような予感がする。

 

 ↓ 勢藤明紗子 「drawing20150719」(部分)

260×260mm 紙にインク 2015年
今回展示されていたものではありません。会場では撮影できなかったのと、またとても写真では伝わりそうもなかったので、作者の許可を得てネット上から比較的はっきりとわかる画像を拾って載せました。

写真の説明はありません。

 

 

 ↓ 武部翔子 「影をうつす」展 会場風景
 数寄和のHPの画像を拝借。

画像に含まれている可能性があるもの:室内

 

 

 本日最大のミッションを果たし、夕方からの西荻窪での所用までの時間で、つまりは都心の石仏探訪その2として、湯島から本郷、小石川へ歩く。初めて歩くところばかり。

 訪れたのは、霊雲寺櫻木神社、源覚寺、善光寺、慈眼院、沢蔵司稲荷。それらの中でちょっと面白く感じたものをいくつか紹介する。

 

 

 ↓ 湯島2丁目 霊雲寺 お百度
主尊は地蔵菩薩丸彫半跏像で良いと思いますが、正確には今のところわかりません。
百度石は願掛けのためのものでしょうが、詳しいことはわかりません。

画像に含まれている可能性があるもの:屋外

 

 

 ↓ 小石川2丁目 源覚寺 これも違ったタイプのお百度石。
 手前の小石で回数を数えた。

画像に含まれている可能性があるもの:植物、テーブル

 

 

 ↓ 小石川2丁目 源覚寺 塩地蔵
 塩地蔵というのはあちこちにあるようだが、詳しいことは知りません。
 それにしてももはや地蔵本体は見えない。これも信仰?それとも迷信?

画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、室内

 

 

 ↓ 小石川3丁目 慈眼院 庚申塔
 彫りのしっかりした、よくできた聖観音舟形光背だが、刻字には「奉供養庚申講」とある。

 元和3年/1683年。

画像に含まれている可能性があるもの:植物、木、屋外、自然

 

 

 ↓ 同じく慈眼院の聖観音の丸彫立像。宝暦8年/1758年(?)。
 聖観音の石造の丸彫りは比較的少ない。たっぷりとして良い感じ。

画像に含まれている可能性があるもの:植物、木、屋外、自然

 

 

 ↓ 同じく慈眼寺。ヒンドゥー色が強いが、不動明王で良いのだろうか。然るべき文献で確 認していないので、よくわかりません。
ここの寺のものは石質が良いせいか、風化剥落度合いが少ない。

画像に含まれている可能性があるもの:植物、木、空、屋外、自然

 

 

 ↓  同じく慈眼寺。謎である。
 ネット上では庚申年と書いているものがあったが、刻字の寛文9年/1669年は己酉。庚申塔ではない。
 江戸後期の白隠などの禅画などならわからなくもないが、350年前のこの表現はスゴイ。
 胴体は地蔵菩薩宝珠錫杖のようだが、結局今のところ正体不明。デフォルメされた顔といい、穴の開いた光背の意味といい、ああ、正体が知りたいものだ。

画像に含まれている可能性があるもの:植物、木、屋外

 

 

 ↓ 慈眼院に附属したというか、むしろこちらの方が有名な沢蔵司稲荷。
 「おあな」と称するかつて狐の巣穴があったという窪地の磐座一帯が聖域とされている。

画像に含まれている可能性があるもの:橋、屋外

 

 

 ↓ 沢蔵司稲荷は狭い面積だが、そこら中に石彫りの狐がいる。いずれもかなり力の籠ったもので、造形的にも面白いが、きりがないので、とりあえず一つだけあげておく。石祠には丸石が。

画像に含まれている可能性があるもの:屋外

 

 

 薄暗くなってきたところで、本日の石仏探訪は終わり。西荻窪の数寄和で開催中の武部翔子さんの個展を見に行く。

 京都市立芸大日本画出身の、故郷北海道の自然をモチーフとした、静謐な世界。その禁欲性(?)に何か可能性を感じる。その後、作家も交え、軽く楽しくアルコールのひと時を過ごした。

 

 それにしても、つくづく都心は石仏の宝庫だなと思う。ただし、歩くという点に関して、そして途上の風景は、やはりあまり好きにはなれないが。