艸砦庵だより

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石仏探訪-28 「黒鳥観音のムカサリ絵馬について(訂正・修正版)」(山形便り‐補遺‐1)

 山形石仏探訪の写真の整理も、ようやく終わった。その過程で、先日FBに投稿した「山形便り その3」で取り上げた「ムカサリ絵馬」をあらためて見直してみた。その結果、当初の認識とは大きく異なる要素を発見した。

 

↓ 1. 黒鳥観音堂東根市本丸南)

 正式な名称は曹洞宗東根山秀重院。最上三十三観音19番。写っているのは同行のI氏(地元在住)。

 麓の鳥居から右の尾根の山道を行く参道と、左の車道がある。どちらも15分ほど。尾根の参道には多くの石碑がある。

 堂内には私たちが着く前から開け放たれ、電気のローソクが灯されていた。隣には管理所(?)があり、住職だか管理の人(別当?)だかが、毎日通って(?)来られているようだ。

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 当初私は、初めて見た驚きの中で、それらは結婚祈願や、結婚できたことへの御礼の奉納だと思った。しかし改めて写真を拡大してよく見てみると、逆に年若くして亡くなった子供への供養であり、結婚することなく若くして死んだ子供が結婚適齢期になった頃に、あの世で結婚式を挙げさせるといった、正反対の内容なのだと気づいたのである。

 

 ↓ 2. 天井にびっしりと貼られたムカサリ絵馬。

 右は古く、左は新しいもの。左には昭和から平成12年、15年のものなどが見られる。最近は絵馬を手掛ける絵師がいなくなったのだろうか。縁者の手描きのものが多い。ウェディングドレス姿のものもある。「菩提~」、「法~女」などの文字が見え、これらもムカサリ絵馬だとわかる。

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 ↓ 3. 前の画像の一部をズームし、向きを見やすくした。

 大正14 (1925)年の年記が見えるものがある。他も衣装などからして、大正前後のものだろう。上の2点は婚礼風景ではなく、お宮参りといった感じだが。

 胡粉のせいとはいえ、顔が白すぎる、生気が無いと見えるのは先入観のせいだろうか。

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 あらためてネット等で調べてみると、いろいろと知るところがあった。詳しくはWikipedia等を見てもらうにしくはない。だが、そう言ってみたところで、わざわざ見る人は少ないだろうし、わかりにくい点も多いだろう。私の感じた驚きと面白さをより多くの人にも知って欲しい(?)ということで、以下に少し要約して、あらためて投稿する。

 

 「ムカサリ絵馬」とは、民間信仰による風習の一つ。「ムカサリ」「ムカーサル」は「迎え(な)さる/去り」からくる「結婚」の方言。元々は、結婚する前に若くして亡くなった男性、童子を供養して、適齢期頃に、半人前の状態から一人前の状態にするという親心が動機になっている(現在は女性のものもある)。こうした絵馬の奉納習俗は山形県青森県の一部の地方に限られる。絵柄としては正装の故人と架空の花嫁の婚礼や、関連した情景などが描かれる。

 その他の歴史的なことや、詳しいことはWikipediaを見てもらうとする。

 ともあれ、江戸末期ごろに始まったらしいこの風習は、一時衰退しかけたものの、多くの若者が死んだ昭和20年の終戦後に急増し、現在まで続いており、いわば新しい宗教風俗であるとされる。

 意義としては、未婚の死者を、結婚という通過儀礼を通すことで、祖霊としての地位を確立させるということらしいが、何よりも若死にしたわが子を悼む親心という普遍性が根底だろう。

 死者の婚姻という点からは、「冥婚」(陰婚、鬼婚、幽婚/ ghost marriage、spirit marriage)などとも呼ばれる。冥婚という言葉は知らなかった。だが「中国を始めとする東アジアと、東南アジアに古くから見られる」とのこと。どこかで読んだことがあるような気もするが、いずれ神話やファンタジー的世界のことだと思っていた。だが、黒鳥観音堂にはその神話的世界観が今でも息づいていたのだ。

 

 本当は現場の絵を見ただけでも、ある程度のことはうかがえたのだ。何だかさびしげで、冷ややかな印象。白すぎる顔(死者の顔色)。なぜか正装の上に羽織られた白い衣類(死装束)。婚礼に伴う生気や華やぎとは無縁な静けさ(冥界性)。

 

 ↓ 4. 婚礼風景。昭和2年

 これには特に死後云々にかかわる語句は見えない。ただし、これは「ムカサリ絵馬」という側面を抜きにしても、いわゆる「民画」としての秀作といって良いような絵画性、もっと言えば芸術性を持っているように思われる。

 こうしたレベルのものが何点か見受けられたが、それらは日本民芸館や国立民族学博物館あたりにでもまとめて収蔵・保存してもらいたいものだと思う。むろん宗教的意味からすれば難しいとは思うが、埴輪も唐三彩もエジプトのミイラのマスクもそうした葬送関連のもの。とはいえ、難しいだろう。ちなみに柳宗悦は石仏(墓標仏)関係で、そうしたトラブルを引き起こしたことがあるらしい。

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 ↓ 5. これも秀作あるいは傑作と言いたい。

 納主名以外の字句はない。明治の砂絵石版画に似た雰囲気がある。そのため、屋敷空間全体が白い光でおおわれているような、異界的雰囲気を濃厚にかもし出している。死後の世界で静かに暮らす若夫婦。何という絵画世界だ。

 前回の投稿の1点と共通性があり、同系の絵師による(?)、昭和5年頃のものではないかと想像する。

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 ↓ 6. 宮参り(?)風の絵だが、左下に白い紙が貼って、奉納者の氏名などを隠しているように思われる。

 これもまた、幕末頃のガラス絵を思わせるような、民芸的、民画的味わいがある。

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 ↓ 7. 上は「~居士 享年四十二才」、下は「法名~信女 俗名~ 享年十八才」とある。

 また、前者は「平成三十年~ 横浜市~」、後者は「令和元年~ 埼玉県行田市~」とあり、対象が男子だけではなく、女性にも及んでいること、また地元のみならず、広範囲からの奉納が、平成~令和の今日でも行われていることがわかる。すなわち「新しい宗教風俗である」。

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 ↓ 8. 時代は不明だが、昔の肖像写真を模した「擦筆画」のように思われる。

 結婚式の景ではなく、単独の花嫁姿。「為菩提 ~享年二十三才」。

 珍しくガラス入の額に納められているため、撮影中の私と外の風景まで写り込んでしまった。そしてまた、見えないものを写すということ、「写実」ということの意味を問いかけられているような気がする。

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 ↓ 9. 再掲載。これも当初、字句を見落としていて、その意味を理解できずにいた。

 「翠雲童子 錦秋■女」とあり、画中の「東根小学校」に入学する前に亡くなった子を悼んで奉納されたものだろう。この画題はムカサリ絵馬の意味の拡大を示すと共に、ムカサリ=結婚を願うよりもさらに悲痛な親心と言えるかもしれない。哀切である。

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 それにしても、う~ん、不思議だ。知らなかった。驚いた。柳田国男はどこかで書いているのだろうか。地元在住のI氏も全く知らなかった。日本中でこうした習俗の存在を知っている人が、今どれだけいるだろうか。もはや宗教という次元ではない。民間信仰、習俗、風習には、宗教以前の、あるいは宗教を成立せしめる人間の根源的な何かがあると思わずにはいられない。寺社宗教領域の外縁のさらにマージナルな薄暮域に、石仏やこうした民間習俗が今なおひそやかに息づいている。

 石仏探訪という閑人的楽しみによって、そうした人間や世界の根源・深淵にふれる機会が思いがけず訪れること、それもまた、石仏の功徳というべきであろうか。

 

 ↓ 10. 十八夜塔

 ムカサリ絵馬が続いたので、趣を変えて石塔2基。共に旧参道の尾根上にあったもの。二つとも私は初めて見た。

 幼い子を失うということについては、男親よりも母親の方がより悲しみが深いように思われる。絵馬の奉納に当たってどれほど母親の関与があったのかはわからないが、そうした女性に関連した塔である。

 これは庚申塔や念仏塔などとも共通する、一定の日に決まった場所に集まり、徹夜の精進供養をして日の出や月の出を待ちながら過ごした行事を記念した、いわゆる日待・月待塔のうちの月待塔の一つ。月待塔では全国的に二十三夜塔が多いが、十八夜塔は東北、山形に多い。正月、5月、9月、11月の旧暦18日に餅をついて月に供える。必ずしも女性限定とは限らなかったにせよ、女性の関与の割合が強かったようだ。

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 ↓ 11. 巳待塔

 巳待塔もほぼ同じような趣旨だが、巳の日などに行う日待講の一つ。月待ちに比べ、日待ちの方がより古いようだ。巳待塔の本尊は弁財天で、上部の梵字種子は弁財天を表す「ソ」。安永9年/1780年の銘。弁財天=女神から、講にも女性の関与の割合が多いように思われるが、さて。

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*(本稿は先の投稿 「石仏探訪-28-1 『黒鳥観音ムカサリ絵馬(誤読版)』」を訂正・修正した内容です。)

(記・FB投稿:2021.10.23)