艸砦庵だより

河村正之のページ 絵画・美術、本、山、旅、etc・・・

小ペン画ギャラリー-26 「民俗・民間信仰系-2」

 ここのところ山、旅、石仏、民俗的な投稿が続いた。

 だが、私の本業は画家である。画家ではあるが、本道であるタブローの制作は、ここのところの暑さや諸般の情況から停滞気味。小ペン画の方も、ここのところ全く天使が舞い降りてきてくれない。

 しかし時おりは作品をUPしないと、単なる暇な、山旅と石仏愛好の人(まあ、決して間違ってはいないが…)だと思われかねない。

 ということで、久しぶりに「小ペン画ギャラリー」の投稿。以前に投稿した「民俗・民間信仰系」の続編。続編と言っても、大した意味はないが、最近の流れからすれば、自然(?)かもしれない。

 個々の画像に簡単なコメントを付したが、ネタバレ(?)、なくもがな(?)、かもしれません。タイトル以外はスルーしてもらってかまいません。

 

  

 ↓ 303 「石抱木守」

 2020.6.10-20 15×10.6㎝ 水彩紙にペン・インク・水彩 (発表済み)

 

 たしか北八ツの蓼科山か、あるいは別の山を登った時だか見た景をもとにしていると思うのだが、はっきりしない。

 岩でも木でも滝でも、大きかったり、他と少し変わった物は、それゆえにカミ(迦微=神)、あるいはカミの降りたもう依り代、神籬(ひもろぎ)となる。アニミズムというか、原始神道というか。そうしたものに注連縄が施されたり、小祠が祀られたりする。そんな感じは、宗教未満、宗教とは言わないにしても、そう悪いものではないと私は思っている。

 

 

 ↓ 307 「指路経によりて告ぐ」

 2020.6.19-21 13.7×9.3㎝ 和紙に着色、ペン・インク・顔彩

 

 あるテレビドキュメンタリーで見た、幻の流浪の民といった内容の番組。そういった類の番組は好きなのだ。

 はるか昔に漢民族に追われ、長く流浪し、現在は辺境の孤絶した山岳地帯に住む苗族(だったか?苗族と言っても無数の支族に分かれている)の末裔たち。死後、彼らの魂は、ひそかに伝えられてきた「指路経」という、流浪の経路を記した巻物に記された道筋を逆に辿り、原郷に帰るのだという。そのなんとも心惹かれるストーリーの全容を描くことは、小ペン画では不可能だが、その一シーンのイメージから。

 

 

 ↓ 439 「石を懐く」

 2020.12.29-2021.1.4 10.9×8.6㎝ ミャンマー紙に膠、ペン・インク 

 

 古いものの断片、残欠といったものに心惹かれる。石仏、発掘品、土器片、化石・・・。たまたまそこに記された装飾や記号があれば、その意味するものを思う。思想でも物語でもメッセージでもない、それ以前のイメージ。

 

 

 ↓ 317 道祖神-2

 2020.7.11-12 13.5×13㎝ 和紙にドーサ、ペン・インク・水彩

 

 

 道祖神の中でも信州に多く存在する、男女双体の祝言タイプの道祖神からの、現代的翻案。

 昔のものでも、作られた当時は、その時点での現代性を有していたはずだ。だから、もしコンテンポラリーな道祖神を作るとすれば、たとえばこうしたものかもしれない。

 

 

 ↓ 485 「同帰」

 2021.7.22-8.4 20.8×15㎝ 水彩紙に油彩転写・水彩・ペン・インク・コラージュ 

 

 墓標に「帰元」、「帰一」、「帰十」、「同帰」、「同帰元」などと刻まれているのを見ることがある。「根元」や「空」、「無」に帰るという、庶民レベルでの哲学的帰結としての死生観。 

 日本人の多くは、死後の魂は葬られてから一定期間を過ぎると、その土地の山から空に昇り、以後、祖霊という集団霊=集合体となって村や一族を見守る・鎮守するという、仏教以前からの自然崇拝的祖霊信仰を最大公約数的に持っている。山中、山上に葬っていたという例も多い。画中の女性が山に運び上げようとしているのは、誰か。

 

 

 ↓ 参考:地蔵菩薩・墓標仏。享保4/1719年。

 

 「同帰元(帰は異体字)」とあり、このように二人以上の戒名が刻まれていることから、何年かたってから子が両親を供養するなど、複数の親族を「一緒に、同じ処へ」という思いを込めたものだろう。

 檜原村の山の中腹の倉茅集落。狭く急な路の傍らの、草に埋もれかけた石仏群の中の一つ。慈しみと言うにふさわしい穏やかな表情。一帯には似たような墓標仏がいくつもあった。山の斜面の、耕地の狭い集落だから、路傍を墓地としたのか?

 

 

 ↓ 543 「案山子」

 2022.1.2-3 12.5×9㎝ 洋紙にペン・インク・水彩

 

 従来の山神論とは根本的なところで異質な衝撃を受けた吉野裕子の『山の神(易・五行と日本の原始蛇信仰)』。その中の、「ヘビ」の古語である「ハハ・カカ」から導き出された「ハハ(キ)/箒」や「カカ(シ)/案山子」論は、不思議な説得力と広がりを持っていた。

 その影響で、気がつけば自然にこの絵を描き始めていた。われながら妙な絵だと思う。われわれの民族的記憶の基層には、まだそうしたDNAがかすかに残存しているのだろうか。

 

 

 ↓ 548 「送られる神」

 2022.1.19-21 15.8×13.5㎝ 木炭紙に水彩・ペン・インク

 

 どんど焼きサエノ神祭)の本質は忘れられかけている所が多いが、一説には正月に迎えた山の神、あるいは歳神をまた山へ送り返すという意味もあったようだ。燃やされるその形態(サエノ神)は、私の勝手な飛躍した連想だが、前述の「案山子」と似ていないこともない。神は招かれ、訪れ、そして送り出され、そして人々の日常が繰り返される。

 

 

 ↓ あきる野市高尾神社でのどんど焼き(サエノ神)。2019.1.14

  同じあきる野市でも自治会(旧部落・村)ごとに形態は少しずつ違うようだ。

 

(記・FB投稿:2022.6.27