艸砦庵だより

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石仏探訪-13 わが家の石仏

 庭に石仏(馬頭観音)をすえてみた。

 

 ↓ 馬頭観音 三面四臂の憤怒相の座像 高41㎝

 とりあえず、枝垂桜の根元へ。横にマンリョウ、手前に春蘭、後ろにバイモやシュウメイギクなどが咲くだろう。馬頭観音だから私の旅の守護仏としよう。

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 石仏探訪に「ハマった」のは昨年6月頃からだ。この馬頭観音は7月にヤフオクで落札したもの。それで思い出したのだが、それ以前から持っていた石仏(石造物)と言えるものがあと二つ、わが家にはあった。

 

 一つは20年ぐらい前に骨董市で買った道祖神。ごく小さな祠型の、おそらくコンクリート製で、大正前後のものかと思っている。ある友人からは「コンクリートだからニセ物」と言って笑われて少しへこんだが、考えてみればこの手のものにニセ物もクソもないのである。江戸の石工が彫ったという態のものではないが、よくある屋敷神の祠などと同様に、商品として造り置いたものではないかと考えるが、どうだろう。少数の例外をのぞいて、どんな石仏や宗教的グッズであろうと、専門職人が手掛けるものである以上、商品としての側面は逃れられないのだ。

 ただし、その後も同様なものは、見たことがない。とすれば、逆にその希少さは貴重なのではないかと、今では思っている。

 

 ↓ 道祖神 妻入小祠型 コンクリート製 高14㎝。しっかりした刻字。

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 もう一つは、ある友人から旅先の土産として貰ったもの。ある場所で、無数の小さな地蔵が奉納されているおり、自由(?)に持ち帰って良いとか言われたとの由。詳しいことは聞いていないが、おそらく願が叶えば2体にして返すとか、そうした風習でもあるところなのではないだろうか。今度会ったら、あらためて聞いてみよう。

 

 ↓ 地蔵 合掌 丸彫立像 高14.5㎝

 首は折れていたのを継いである。素朴な彫だが、花崗岩(?)質で決して彫りやすくはなさそうだが、細かいところまでまじめに彫ってある。

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 さて、ヤフオクで落札した馬頭観音である。

 だいぶ前から野の仏が盗まれたり、行方不明になったということはよく聞く。だから多くの資料では、寺社以外の路傍などに在る場合、その所在場所を特定されないように努めている。

 地方の骨董屋の店先に石仏や五輪塔が置いてあるのは、時々見かける。地蔵や如意輪観音の刻まれた小さな舟形光背のそれらのうちのいくつかは、おそらくは墓標であったのではないかと想像される。墓石であったことを承知で買う人も多くはないだろうから、戒名などは削られていることもあるようだ。

 各地の墓地の整備改修がなされる際に、いわゆる子孫が絶えたり、管理費が払われなくなって無縁仏となった墓標類の処理には、各寺院も昔から苦慮しているようだ。その対応の一つとして、墓地の一画に無縁塔とか万霊塔と称して、そうした墓石を積み上げて一括して供養するというやり方もある。それはそれで悪いやり方ではない。

 

 ↓ あきる野市大悲願寺の無縁塔。

 地蔵や如意輪観音馬頭観音、双体像などいろいろな種類のものが含まれている。

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 ↓ 吉祥寺月窓寺の万霊塔

 元禄期のものなど良い如意輪観音が周囲に廻らしてある。

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 しかし地方の小さな寺ではそれも難しいようだ。昔の墓では土葬時代の個人墓標が多い。魂抜き(精抜きとも言う)という儀式を経てのことだろうが、墓地の一画にそうした無縁仏となった、あるいは家族墓に一括し終わった個人墓標が積み重ねられていたりする。寺院内にあった庚申塔馬頭観音の破片が混じっているのを見たこともある。墓地改修の業者にそれらの処理を頼むということもある。そうした過程での流出ということもあるだろう。

 

 墓石以外の小ぶりな石仏の代表である馬頭観音は、墓域に置かれることはめったになく、したがってどこからか持ち去られた可能性がある。盗品とわかっているものを買うのは嫌だが、実際問題として、誰もかえりみる人がいないそれらが、単純に処分されたということもありうる。ヤフオクには今出来のものを含めて、石仏石造物はコンスタントに出品されている。数多くのガンダーラ仏やアジアの仏像も、そうしてコレクターの手に収まっていく。

 骨董の世界では仏教美術は格が上とされる。そこで流通しているのは、経済的に困窮した寺院からの放出や廃仏毀釈のおりに流出したもの、中には近年の盗品もあるだろう。それを思えば、気が重い。

 ちなみに大英博物館のパルテノン・フリーズやツタンカーメンのマスクをはじめ、自国外の歴史的発掘品は、帝国主義的侵略や植民地時代の略奪品≒盗品である。いまだに元の国から返還要求が出ている。〔*ツタンカーメンのマスクは2019年にカイロのエジプト考古学博物館に変換されたとのことである(知らなかった!)〕。

 

 入札するに際してはだいぶ迷いもあった。だが、経緯は不明だが、事実として出品されているものである。わが家に置けば供養にはなる。

 馬頭観音は、本来は観音には珍しい憤怒相だが、石仏には、どちらかと言えば少女像かと見まがう慈悲相の一面二手のものが多い。これは比較的珍しい本来の三面四臂の憤怒相の座像。左右の第一手には三叉戟と未敷蓮華。第二手は合掌。

 石材は粒子の粗い花崗岩(?)で、表面はだいぶ風化し刻字等は見えないが、雰囲気は保っている。残念なことに、光背上部になにやら削ったような形跡が見えるが、戒名ではなし、梵字種子だったのかとも思うが、わからない。三重県西部のものだとのこと。

 ダメ元で入札したら案外安く落札できた。半年以上ベランダに置いて、腑に落ちるかどうか確かめた。そして庭の片隅、枝垂桜の根元に据えることにした。再度の落ち着き場所を得たと思ってもらって、今後長く付き合うことにしよう。

 

 ↓ 馬頭観音

 三面四臂の憤怒相の座像 高41㎝

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(2021.2.18)