艸砦庵だより

河村正之のページ 絵画・美術、本、山、旅、etc・・・

逍遥画廊 /Gallery Wandering

お知らせ

西荻窪の数寄和にて1月15日まで個展開催中。 若いスタッフが動画をアップしてくれました。 いつもと違ったこんな角度から見てもらえれば、また違った印象を感じてもらえるかも、です。 www.facebook.com

旧作遠望‐4 大作‐その2

「旧作遠望」は必ずしも「大作」中心というではなく、「時系列」にこだわるわけでもないが、まあ今回は前回の流れを受けて「大作‐その2」。 前回投稿の「まなざしの中で 1・2」は研究生から博士課程在学中27~28歳のものだが、今回の3点はその少し前、修…

旧作遠望‐3 「大作について‐偶感」

5,6年越しだった実家の墓仕舞いを終え、近くに購入した墓地にようやく改葬(納骨)を済ませ、ホッとしている。 そのことと関係があるような無いような話だが、現在二ヶ所借りている作品保管場所を清算して、新たに最終(?)保管場所としての作品倉庫(土…

「旧作遠望―変位のたまゆら」

タイミングとしては「小ペン画ギャラリー」の投稿時期なのだが、物憂い。 (今日の気分としては、)飽きたと言ってもいい。「飽きる」という感覚は、創造を担保するものとして大事だ。一事専念も良いが、私は変化や流動性ということを信じ、好む。 描き終え…

小ペン画ギャラリー-24 「世界・社会・歴史関連」

ウクライナ、ミャンマー、シリア、イエメン、等々の現在進行形の事態。 物心ついたときにはベトナム戦争。以後、カンボジア、パレスチナ、中南米、ソ連のアフガン侵攻、ユーゴスラヴィア内戦、湾岸戦争…。戦争、紛争、内戦の火の途絶えた年はなかった。時代…

小ペン画ギャラリー-23 「二人」(記・FB投稿:2022.3.3)

(ロシアのウクライナ侵攻という事態のさなかに、こんな投稿をしてよいものかとも思う。だが、ミャンマー、シリア、アフガニスタンやイエメンと、常にどこかで紛争や戦争が常態なのがこの世界だ。 「紅旗征戎吾が事に非ず」を、前後の文脈もわきまえず、芸術…

「板垣豊山が『河村先生』の肖像画を描いた」

「板垣豊山が『河村先生の肖像』を描いた」 畏友、板垣豊山が私の肖像画、『河村先生の肖像』を描いた。 一年ぐらい前に、私を含めて「友人五人(A・S・K・F)の肖像画を今、描いてるんだよ。」と言われ、その後ほどなく最初に完成した私の肖像画の画像…

小ペン画ギャラリー-22  「デカルコマニー」 (記・FB投稿:2022.2.21)

「デカルコマニー」とは、ある程度の流動性を持った絵具を二つの支持体の間に挟み、それらをずらしたり、こすり合わせたりするなどした後にはがして、その際に現れる偶然的効果を生かす技法のこと。ロールシャッハテストのあれと言えば、「あれか」とわかる…

旧作遠望「絵画によるインスタレーション」 (記・FB投稿2021.8.4)

(*モデムとルーターの仕様を更新したことで、しばらくブログを開くことができませんでした。以下、主にFBに投稿したものの後追い投稿です。若干見苦しい次第ですが、御了解のほどを。) 昨年から始めた古写真・古アルバムの整理は、断続的にではあるが、…

小ペン画ギャラリー16 「中断再開後の近作‐油彩転写」 

小ペン画ギャラリー16 「中断再開後の近作‐油彩転写」 今年も半分過ぎ去ろうとしている。年明け以来、憑き物が落ちたように、小ペン画を描かなくなった。それまで平均して週に5、6点ぐらいは描いていたのが、一月は4点、二月0点、三月1点、四月5点、五…

「小ペン画ギャラリー-15 コラージュ」

「小ペン画ギャラリー-15 コラージュ」 「小ペン画ギャラリー」で人物を描いた作品を紹介することに、少々飽きた。人物を扱った割合が圧倒的に多いのだから、やむをえないのだが。 では次は「人物の登場しない絵」を出そうかと、リストアップしてみたら、案…

小ペン画ギャラリー‐14 「をみな」

振り返れば、「小ペン画」で描いた人物は、圧倒的に「女」が多い。8割以上か。 小画面を描くにあたって、人物が格好のモチーフであると再認識したことについては、以前に別の場で述べた。ではなぜ「圧倒的に女が多い」のか。「女」でなければならないのか。…

小ペン画ギャラリー12 「近作」

昨年11月の西荻窪の数寄和の個展「小さな世界」では、描きためた10㎝前後の小ペン画400点の中から、120点ほど並べた。 この一年半は不思議なくらい、小さなペン画の制作に明け暮れた。おかげで本道のタブローは、全くと言っていいほど進まなかった。表現衝動…

「小ペン画ギャラリー-11 風景の中の人物」

ファイルをパラパラとめくっているうちに、「風景の中の人物」という視点を思いついた。「風景を背景とした人物」ではなく、「ある風景の中にいる」人物。 小画面で描くということは、ややもすると、閉じた絵画的空間とならざるをえないところがある。だから…

小ペン画ギャラリー―10(石仏探訪-7) 「石仏から」 

石仏探訪にハマって約4カ月。長梅雨、猛暑にもかかわらず6月からの四カ月で45回だから尋常ではない。爺臭い趣味のように趣味のように思われるかもしれないが、まあ、それはどうでも良い。なぜ石仏なるものにハマったのかは、未だ自分の中でも十分には説明…

小ペン画ギャラリー-9  「へんな男 いくつか」

今回は「へんな男」というテーマ(?)。いや、テーマではない。テーマにもなっていない。何となくとらえどころのない、そのくせ何か引っかかる感じのものを選び出して並べてみたら、この言葉が浮かび上がってきたのである。したがって、解説のしようもない…

小ペン画ギャラリー 8 「常夜燈-浄夜燈」

「小ペン画ギャラリー」は、ここのところ人物を描いたものが続いた。いや、蝶も蝸牛も登場はしているが、画面上の主役はやはり人物である。少しそれに飽きたというわけでもないのだが、なんだか少し私らしくもないような気もして、今回は人物の登場しない絵…

「小ペン画ギャラリー-7 蝸牛」

梅雨がなかなか明けない。東南アジアやアフリカの雨期・乾期のそれとは違うにせよ、言い換えればまあ日本の雨季である。雨季には雨季なりの風情があることは認めるにしても、心身は不調気味。 路上や擁壁や樹々に蝸牛が這い出る。蝸牛のフォルムを見るのは好…

「小ペン画ギャラリー―6 家族」

家族、つまり自分の妻や息子を、また両親や姉たちを、作品として描いたことはこれまでない。そう思うと、ちょっと情の薄い男なのかなとも、思う。 若いころは、自画像を描くのが好きだった。と言っても、予備校での課題の油絵数枚にすぎないが。別に、日々の…

小ペン画ギャラリー 5-「蝶」

「蝶」を描いた小ペン画、5点。 あらゆる動物、植物、鉱物といった自然の存在が不思議で美しいように、蝶もまた不思議で美しい存在である。 ギリシャ神話では魂の象徴とされた。中国には荘子の「胡蝶の夢」がある。日本においても「極楽浄土に魂を運んでく…

小ペン画ギャラリー・4 「建物」

今回は少し趣きをかえて「建物」。「建築」ではない。 建築というと、どうも公共建築とか、ビルディングというか、大きなもの、夜になると人の住んでいない、政治や資本の論理に裏打ちされたもの、といった胡散臭いイメージがあって、好きではない。だから丹…

小ペン画ギャラリー―3 「踊り―その1」

「ダンス」を訳せば「踊り」。 だが日本語の「踊り」には「舞踏」と「舞踊」とがある。もともと日本語として「舞踏」と訳されていたのを、1904年の『新楽劇論』において、坪内逍遥と福地桜痴が新たに造語した「舞踊」を訳語として当てたとのこと。 私は「舞…

「小ペン画ギャラリー」―その2 「繭」

今回は繭と人物を描いた絵を5点(+油彩作品1点+参考図版1点)。 人物の性別はあいまいである。 繭とは書いてみたが、はたしてそれは繭なのか。 形と意味からすれば、「卵」でも良いような気もする。 しかし私にとって、そのイメージに最も近いのが、ヤ…

「小ペン画ギャラリー」その1 とりあえずの(女房が選んだ)3点

フェイスブックの最近の自分の投稿を見直して見ると、なんだか自然愛好的家的なコンテンツが多い。そういう一面があることは間違いないから、それはそれで構わないのだが、やはり釈然としない。 FBやブログとのつき合い方というか、使い方は、人それぞれであ…

「小ペン画―その小さな世界」について

昨年の6月以来、九カ月以上、「小ペン画」が制作の中心になっている。 「小ペン画」とは、文字通り縦横10㎝内外の、大きくても20㎝に満たない小さな紙に、主にペンとインクで描く作品。個展や海外旅行などでの中断期間はあるが、それ以外はほぼ一日一点のペ…

秌韻・外覧会-3 久しぶりの金地テンペラ3点

金地テンペラ(黄金背景テンペラ)は私の制作の出発点の一つであり、長くこだわってきた技法である。しかし、その制作上、技術上の様々な制約と、志向する表現方法のギャップが大きくなり、ここ20年ほどは描いていなかった。数年前にちょっとしたきっかけ…

秌韻・外覧会-2 『花昏』『革命と慈愛』

外覧会:美術館等での展覧会には、一般入場者とは別に、「内覧会」という、関係者を対象としたオープニングセレモニーがある。「内覧会」があるなら、逆に終わったあとからの「外覧会」があっても良いではないかと勝手に作った造語です。 すでに終わった個展…

秌韻・外覧会-1 「祝人(ほいと)」

何かと忙しい。いや、家事・雑事・細事・俗事はさておき、制作に忙しいのである。 先日の西荻窪数寄和での個展の作品を順次「秌韻―外覧会」と称して順次上げていこうと思っているのだが、その余裕がない。 それはそれとして、その時の個展で、ある作品を見た…

個展「耀ふ静謐」 レポート―7 「をみな」に関連して

さて「レポート―7」。 前回に引き続き「をみな」関連の作品。といっても、内容、制作時期等、相互の関連はあまりないのだが、あくまで「をみな」が描かれているということで2点紹介する。 私は時々、過去の他者の作品(のイメージや構図等)を、自分の作品…

個展「耀ふ静謐」 レポート―6 「をみな」について

さて「レポート―6」である。 何を書こうか。どれを紹介しようか。 「ところで、私はいったい何をしたいのか」、という自問自答は胸にしまっておいて、今回は「瓔珞のをみなたち」を中心に紹介することにしよう。前回が「装飾」という具体性というか再現性・…