ウクライナ、ミャンマー、シリア、イエメン、等々の現在進行形の事態。
物心ついたときにはベトナム戦争。以後、カンボジア、パレスチナ、中南米、ソ連のアフガン侵攻、ユーゴスラヴィア内戦、湾岸戦争…。戦争、紛争、内戦の火の途絶えた年はなかった。時代のせいか、多くは対岸の火事としてしか捉えられなかったにせよ。
国内、自然界においては、阪神淡路大震災や3.11、そしてコロナ禍。それらに芸術家はどう向き合うか、などといった言説が飛びかった。
現在進行形の世界・社会の事象に、芸術家はどう向き合うか。
私は、それらを直接描こうとは思わない。「紅旗征戎吾がことに非ず」ということではない。大きすぎて描けないのである。だから、そうした事象をも作品化したブリューゲルやボッシュ、ゴヤなどには、驚嘆し、畏敬の念を抱く。
第二次世界大戦時のドイツのオットー・ディックスやゲオルグ・グロッス等についても、ほぼ同様。
私は、芸術を「夏炉冬扇・無用の用」とする思想を否定しない。それでいながら、事象の深部に潜む本質に迫る大きな仕事を、時間をかけてやりたいとも、ぼんやりと夢想する。
それとは別に、小ペン画というごく小さな場では、日々の暮らしの背景としての、そうした今現在、あるいは過去の世界・社会の事象が、ある程度率直に影を落とすことがあることを知っている。割合としては多くないが、今回紹介するのは、そうした作品の一部。
「描きとどめておくこと」は大切だ。「私の世界」は「私の外の世界」と無縁ではない。「私=世界」「現在=過去」という鳥瞰的視座(=世界観)は、芸術家にとって絶対に必要なものだ。現れたものが理解されにくいものであっても、かまわない。世界・社会の事象自体がわかりにくいのだから。文脈によって絵が描かれるのではなく、描かれることによって意味が発現する。
↓ 60「嵐」
2019.9.30-10.19 15.2×12.6㎝ 和紙に膠引き、ペン・インク
欧米タイプ(?)の原発の図。スリーマイル島の事故はいつのことだったか。チェルノブイリの二日後に私の息子は生まれた。
原発の放射能汚染のリスクと、化石燃料使用による温暖化のリスクを考えると、どうあるべきかがわからない。太陽光発電も里山のあちこちに乱立し、耐用年限後の発電パネルの無毒化さえできず廃棄され埋め立てられている現状を知ると、信頼できない。あれやこれやと、悩ましい限りである。
↓ 140「抗議する花の子(グレタ)」
2019.12.5 8.8×8.3㎝ 和紙・膠引き、ペン・インク・色鉛筆
気候変動等に異議申し立てをしたグレタさんを、初めてテレビのニュースで初めて見、その理念を聞いた時、驚愕した。その3秒ぐらいの印象で描いたもの。似せようという気もない。
彼女、そして影響を受けた若者たちが、SDGsの観点から、確実に世界を変えようとしている。偉そうなたしなめ顔から、あきらめ顔に変わる大人たち。問われる「無責任の罪」。
↓ 408「黒蘭」
2020.11.29-12.10 14.8×10.4㎝ 水彩紙にペン・インク・ガンボージ・水彩
関東軍主導で樹立した満州国(1932-1945年)。国際連盟は承認せず、日本の傀儡国家というのが世界の定説である。隣接する蒙疆と言われた地域を旅したことがある。
現在でもトルコしか承認していない北キプロス、アルメニアがらみのナゴルノ・カラバフ共和国のほか、今回のウクライナ侵攻で派生的に注目を浴びている沿ドニエストルや、ジョージアとの国境のアブハジア、南オセチアといったロシアがらみの国(地域)を傀儡国家とは言わないのか?よくわからない。ともあれ、「五族共和・王道楽土」と同様の口当たりの良いスローガンは、何度も繰り返されるということだけは確かなようだ。
芥川龍之介の江南・上海旅行を扱ったテレビ番組でチラッと見た場面がきっかけだったように思うが、よく覚えてはいない。画中背景には満州の国旗、左胸の蘭は満州国の国章。
昔の植民地-コロニアル趣味には、たしかにある種のエキゾチシズムを感ずるのだが、その美しさは危ないということを、自覚しなければならない。
↓ 487 「辺境の村の少女への危険な誘い」
2021.7.23-30 16.8×12.4㎝ 木炭紙に水彩・ペン・インク
「あいトリ/表現の不自由展」以前の中学高校生時代から、植民地朝鮮支配時の強制連行等については、間接的ながらも見聞きし、読んでいた(私が朝鮮半島に近い山口県出身だということもあったのだろう)。出稼ぎや、経済的困窮からの自由意思による渡航もあっただろう。だが並行して、戦時下の従軍慰安婦問題が存在したことは事実だ。
描くには重いテーマだが、イメージが降りてきたからには、描かないわけにはいかない。何の図像資料を見たわけでもないから、チマチョゴリに見えなくても構わない。
↓ 498「 隘勇線にはばまれて」
2021.8.3-8 21×15㎝ 和紙(?)に油彩転写・水彩・ペン・インク
日本がかつて植民地としていた頃の台湾。生蕃(後に高砂族と呼称)と呼んでいたアミ族等の先住民対策に手を焼き、総延長470㎞の柵と砦を構築し、それを次第に狭め、順次高地山岳に追い上げ、餓死に追いやるという施策。それを「隘勇線」と言う。
トランプのメキシコ国境の壁、パレスチナ・ガザ地区とエルサレムのユダヤ人入植地の壁、遡ればユダヤ人自身が追い込まれていたゲットーと同根のもの。ほとんどの日本人はこうした過去を知らない。台湾にも私の教え子がいる。
日本の台湾植民地経営のことについて淡い興味はあったものの、「隘勇線」の言葉は最近まで知らなかった。何かの拍子にそれについて少しばかり調べたことが、この作品を生み出した。画面やタイトルを見ても、その意味内容はわからないだろう。だが、とりあえず、描きとどめておくこと。
↓ 480 「出口」
2021.7.17-27 21.7×16.5㎝ 和紙にドーサ、油彩転写・水彩・ペン・インク
「アラブの春」の最悪の結果(現在進行中)、シリア。対ISだか、アサド政権対反政府勢力だか、わからないが、人々が人間の盾として行き場のない情況を、報道番組で見る。「出口なし」という普遍性。
↓ 450「三指の旗を掲げて歩く人」
2021.4.21-29 16.×12.4㎝ 木炭紙にペン・インク・水彩・ガンボージ
縁あって訪れたミャンマー。その1年後に起きたクーデター。
現地の大学でレクチャーをしたことでFB友達になった若い学生たちから、リアルな投稿が続々と届いた。彼らの非暴力・不服従を旨とした、SNSを駆使した世界への発信は、地政学的な情況からか、残念ながら世界からは注目されること少なく、今日まで膠着状態(-貧しい戦争)が続いている。
ささやかな寄付をすること以外に有効な支援の方法を見出せず、不服従のシンボル「三本の指」を入れてこの絵も描いてはみたものの、現実の事象から描くことの難しさを痛感しただけであった。
↓ 566「主張する男」
2022.3.2-4 15.7×12.2㎝ 手漉き洋紙に膠、水彩・ペン・インク
ロシアのウクライナ侵攻こそは驚愕だった。理性的、合理的にはありえない話。
ごく初期の報道番組で演説するプーチンを見ながら、覚えず手が動いていた。手元など見はしない。その間、数秒。見ればプーチンにわずかに似ていた。
決して「プーチンという人物」を描こうとしたのではない。「事実」と「真実」のせめぎ合い。描きたかったのは、冷徹な男が冷徹に「真実」を主張し、実行する、その普遍性なのだと思い至る。
しばらくたって、次のクレーの作品と、少しばかり重なるところを見出した。
↓ クレー 「プロパガンダの寓話」1939年 詳細不明
ひと頃クレーの作品画像を集めていた。膨大な数の同じ画像が出てくる中で、この画像だけはただ一度出てきただけ。初めて見た作品。
「退廃芸術家」と規定され、危機のうちに生まれ故郷のスイスに亡命するも、容易には市民権を獲得できず、病気に苦しみ亡くなる前年の作品。
ヒトラーを描いたものであることは間違いないが、タイトルも「プロパガンダの寓話」とあるだけで、多くは語っていないように見える。
現実そのままに描くことはなかったクレーだが、当然ながら世界や社会の事象は時空を越えて、彼の作品世界に独特の影を落としている。
(記・FB投稿:2022.4.9)