*以下の記事は依然やっていたHPに載せていたものである(2006年)。
今見ればウ~ンという感じがしなくもないが、一応再録してみる。
私が紙幣(それも外国の)なんぞという、よくわからないものの魅力に取りつかれるきっかけとなった1点である。
ところで、われわれはアルメニアという小さな国についてどれだけのことを知っているだろうか。
トルコの東に隣接するアルメニアはロシア革命後、1918年に一時的に独立を回復したものの、ほどなく1922年に隣接するグルジア、アゼルバイジャンと共にザカフカス連邦としてソ連邦に加盟。1991年9月独立宣言。人口377万人。そのうち93%がアルメニア人。宗教はアルメニア正教が64.5%、他はロシア正教、イスラム教など。ちなみに世界で最初にキリスト教を国教とした国である。(註1)
また「“カフカスのユダヤ”とよばれ、資本家や芸術家を多数輩出、これが周辺諸国における民族的憎悪の対象となっている」(註2)そうである。現在もいろいろと紛争の火種をかかえている。難儀なことである。
さて紙幣の「絵」である。表の方は状態があまり良くないことと、散漫な構成であることから、特に言うべきことはない。それに対して裏面の糸を紡ぐ女の図がすばらしい。
何がすばらしいかというと、西欧的でもなくアジア的でもなく、といって中近東的とも言えない、つまり私の持っている<美:風土性>のカテゴリーでは分類できない種類の面白さなのである。静けさと女性性が満ちている。
糸を紡ぐ女の姿とその背景の蜘蛛の巣状の装飾パターンの組み合わせは「蜘蛛女」とか「女郎蜘蛛」といったタイトルを思い起こさせる。ちなみに女郎蜘蛛は本来は上臈蜘蛛であり、黄金蜘蛛と同一視されることもあるが、その毒々しいまでの色彩はやはり美しい。ついでに記せば、アルメニアは世界でもっとも美人の多い国だそうである―よくある話だが。
右下にうずくまる龍≒ドラゴンも見慣れたものとはどこか異質だ。
そしてアルメニア文字の独特の書体がまた謎めいた雰囲気をかもし出している。
かくて私はそれまでのイメージと知識の中でもっとも縁遠かったアルメニア・グルジア・アゼルバイジャンといったトランスコーカシアの国々と出会ったのである。以後、私はこれらの国々に強い憧憬をいだくようになった。その憧憬は今もなお彼の国々への旅へと誘ってやまないのである。
ついでといっては何だが、参考までに1920年に作られながら実際には使用されることのなかった切手を紹介しておく。紙幣とほぼ同じ絵柄であり、おそらく同じ原画によるものではないかと推測される。
註1 『最新世界の国 ハンドブック』(1998年 森本哲郎監修 三省堂)による。
註2 『最新世界の国 ハンドブック』 p182 (記2006.6.2)
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