艸砦庵だより

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小ペン画ギャラリー‐38 「近作‐男と女」

 ここ3回の「小ペン画ギャラリー」は、グループ展の報告と振り返りとしてだった。「小ペン画ギャラリー」自体としては、昨年の8月の「700点」以来だから、だいぶ間が空いた。

 さて次のお題は「700点以降」かな、ということで、ざっと最近の画像フォルダを眺めてみると、私としては珍しい傾向だが、男女二人を描いているものが多いことに気がついた。

 

 ここ数年、人からいろいろと相談されたり、アドバイスを求められることが増えた。老若男女、他愛もないこと、人生上のこと、人間関係や夫婦関係、等々。「人間嫌い」を公称している私だが、年齢と経験値に応じて、いやおうなしに求められる役割ということか。

 逃れられないものについては、できる範囲で話を聞く。愚痴を聞き、ガス抜きしてあげる。しかし、しょせんは他人の人生、関与できることなどいくらもないのだ。それでも例えてみれば、村はずれの路傍のお地蔵様に、子犬や猫がすり寄ってきて昼寝をしたり、時にはおしっこをひっかけた後でせいせいして去っていくようなものか。例えが悪すぎたか。手を合わせて、夫への愚痴や不満を胸の内でつぶやく、少し疲れたおみなの横顔。

 

 それはさておき、今回の作品はいずれも、そうしたなにがしかの実体験を直接的に反映したものではない。それらは現象であり、個別性である。他人の人生の生臭さに興味はない。そうした世俗的で個別的な現象群から、なにがしかの普遍性を導き出したいとは思っているが、結局画面に現れてくるのは、私個人の幻想や妄想、インスパイアされ再創造された物語でしかないのかもしれない。つまり私の個人性。そして、そうした私という個人性が、再び普遍性へのモチーフという回路となるのだと、開き直るしかないのだろう。

 男と女の間に醸し出される、愛憎という磁場。愛別離苦。そうした「男と女」が直接的に描かれることは、絵の世界では割合としてはそう多くないが、歌や映画や小説では圧倒的に多い。絵というメディアの自ずからの制約もあるのだろうが、風俗画に堕さぬよう気をつけながらも、もう少しモチーフ、テーマとして取り上げても良いような気がしてきた。

 

 

 ↓ 701 「磐上の二人」

 2023.8.12-22  12.1×16.6㎝ 水彩紙にアクリル・ペン・インク

 

 ほとんどそうとは見えないだろうが、「磐上の」というあたりに、次の小杉放庵(未醒)の「白雲幽石図(1933年)」がイメージの前提にある。

技法的には何度もやっている方法で、アクリル絵具か黒インクで下彩を施し、ペーパーがけして白地を削り出した表面を凝視しているうちに現れてくるイメージの描き起こし。前段のイメージスケッチは無い。

 とにかく男女が巨岩の上で、ささやかな飲物(酒?)と食べ物(果物?)を挟んで、なにやら対話している情景。二人の内面や関係性は、私にも不明。

 

 

 ↓ 「白雲幽石図」 小杉放庵(未醒) 1933年

 

 参考にというほど参考にもしてないのだが、備忘録的に掲載。小杉放菴記念日光美術館にあるらしいが、実物は未見。印刷物や画像でしか見たことがないのだが、好きな作品。神品である。う~ん、前掲作とは似ても似つかぬが、まあそれはそれ。

 小杉放庵は当時最先端の油彩画から留学体験を経て日本画水墨画へと、おそらく自身の文人趣味や隠遁趣味的資質(?)を軸として変遷し、制作した画家。

私とはだいぶ離れた位置にいる画家だが、妙に心惹かれるものがある。

 

 

 ↓ 709 「拘引」

 2023.11.21-27  12×16.6㎝ 水彩紙(ラングトン)にアクリル・ペン・インク

 

 前掲作と同様の技法。イメージの出どころは不明。なんだか暴力的な、危険な匂いがしないでもないが、そういう意図でもないのである。意図しないものが現れることも、絵ではままある。特にこの技法は、オートマティズムの要素を内在させているから。

 

 

 ↓ 713 「爐辺情話」

 2023.11.29-12.9  12×16.5㎝ 水彩紙に水彩・ペン・インク

 

 インスパイアされ、再創造され、変容し、もはや原形をとどめぬ物語。

僧と比丘尼の、あるいは仏陀と観音の恋物語といえば、あまりに不謹慎であろうか。エロティシズムと情念は、私の絵において重要なモチーフである。

「爐辺」「情話」の語に、昔語り的な、民俗学的な雰囲気をまとわせている。

 

 

 ↓ 721 「道行」

 2023.12.28-2024.1.2  14.4×10㎝ 水彩紙(アルシュ)にアクリル・ペン・インク

 

 これもまた想像と妄想と偶然の産物である。浄瑠璃・歌舞伎でいう心中や駆け落ちと結びつく「道行」のイメージ。製作途中から浮かび上がってきた物語。降雪の記憶も関与している。

 

 

 ↓ 725 「無題(花をめぐって)」

 2023.12.31-2024.1.12  16.2×12.5㎝ 木炭紙に水彩・ペン・インク

 

 これは男と女が描かれているが、愛憎といった要素はまったく無かった。下彩のわずかなにじみのムラを拾い上げ、描き起こしているうちに、造形的な必要から人物を入れることになったのである。したがって、結果はともかく、エロティシズムと情念の要素は本来的には無い。

 

 

 ↓ 740 「相克」

 2024.2.15-19  16.9×16.9㎝ 木炭紙に水彩・ペン・インク

 

 一瞬に、完成形で訪れたイメージを捕まえたので、その時点で意味など無かった。だが、それがかえって結果的として、男女の共依存の中に本質的(?)に存在する相克(相反するもの同士の争い)の物語を、殻を背負ったカタツムリという形で、象徴的に現してしまったというところか。自分でも少々驚く結果と効果。

 

 

 ↓ 750 「いざない」

 2024.3.17-21  15.7×11㎝ 水彩紙?に水彩・ペン・インク

 

 本作もイメージデッサンは無し。下彩のにじみのムラムラの凝視から見出した形とイメージ。「誘い」でも「誘惑」でもよかったのだが、ほんの少し分かりにくくするために平仮名で「いざない」。妙な色の、妙な絵だ…。

 

(記・FB投稿ブログ投稿:2024.3.25)