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艸砦庵だより

河村正之のページ 絵画・美術、本、山、旅、etc・・・

甲斐のマイナールート、水野田山・古武山・徳並山

[コースタイム]2017年3月9日

甲斐大和駅9:45~松智院10:07~マイクロウェーブ反射板11:10~水野田山11:18~林道:大志戸木の実の里森林公園11:35~大天狗12:25~古武山13:12~西大志戸山14:45~徳並山15:00~果樹園舗装道路16:43~甲斐大和駅16:50

 

 水野田山、古武山、徳並山と書き連ねてみても、その名を知っている人は少ないだろう。大菩薩連嶺の西に並行する長大な尾根筋が、最末端で中央本線と日川に突き当たって尽きるところに位置する山々。2.5万図、5万図のいずれにも山名は記載されていない。「山と高原」地図には徳並山の山名のみ記載されているが、登山道は破線ですら記載されていない。まわりの大菩薩、三つ峠滝子山などの有名な山々の陰に隠れた、知名度の低い山、つまり、私好みの山である。『新ハイキング』などにはたまに出るようだが、いわゆるガイドブックにはあまり紹介されていないようだ。と、思っていたら、図書館で借りた『ブルーガイドハイカー 中央沿線の山』(桑子登 引間恭夫 2002年 実業之日本社)には徳並山から勝沼尾根へのルートが出ていた。ちなみに松浦隆康の『新バリエーションハイキング』(新ハイキング社)などのバリエーションシリーズには、当然こまごまと出ている(このシリーズは凄い!)。しかし物好きな人はいるもので、ネットで検索してみるとチラホラとある。

 

 ↓ 今回踏破したルート 地図アプリ等が使えないのでこんなアナログ方式でやってみたが、かえってわかりやすいかも

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 昔、中央線に乗っていて、初鹿野駅(今は甲斐大和駅というあまりセンスを感じられない駅名に変更されている―なぜハジカノという美しい響きの名前を捨てたのか、もったいない)を出るとすぐに右手から流れ込んでくる小さな沢が二三本あった。ごく小さな沢だったが、当時は一応沢屋であった私の目から見て、魅力的な渓相に見えた。地図で確認して白蛇沢の名を知り(もう一つは無名)、その流域というか山域に淡い興味を覚えた記憶がある。しかし、その頃はまだ行くべき沢はそれこそ山ほどあり、実際に足を向けることはなかった。ともあれ、近年山歩きを再開して以来、気になっていた山であった。

 

 3月9日。拝島に向かう電車が途中で止まった。「前の電車が非常停止、云々~」。ほどなく動き出したが、予定の電車には間に合わなかった。幸い一本後の電車でも20分ほどの遅れですんで、甲斐大和駅着9:45。

 今回に限ったことではないが、あまり一般的でない山に登るとき、正しい(?)取り付きを見つけるのは、なかなか難しい。水野田山への取り付きにはいくつかのルートが考えられたが、遠回りだったり、長い階段があるとか、フェンスを乗り越えての藪こぎがあったりなど、いずれもすっきりしない。手持ちの地形図には松智院という寺からの尾根に、手書きで破線が記してある。以前に何かの資料で見て転写したものだろうが、そこを登った記録は見たことがなかった。山際の寺社の裏手からは、そのまま山に上がる道がついていることが多い。今回はそれをあてにすることにした。

 松智院に着いて周囲を観察するが、当然標識等はない。左手の墓地を回りこんで見ると、猪除けのフェンスが張り巡らされている。それを辿ってみると、その先に施錠されていないドアがあった。そっと開けてみると、うっすらとだが踏み跡がある。成功である。踏み跡はすぐにしっかりしたものとなるが、薄暗い植林帯の沢沿いに進むようになる。早めに右の尾根を上がる。

 尾根上に藪はなく、獣道らしき踏み跡が多いが、歩きやすい。道標がわりの黄色のペンキが立ち木に塗られている。快適に登っていると右手に導水管が見える。その上の施設を過ぎると、マイクロウェーブの反射板がある。振り返ると、遠く南アルプスが見える。甲斐駒が神々しい。周囲に木立は多いが、落葉しているため、結構見通しはきく。周囲はほぼ初めて見る山々だが、さてどれがどの山なんだと、楽しみながら登る。

 

 ↓ 南アルプス遠望 右端が甲斐駒ケ岳 左奥に北岳がちょっぴり頭をのぞかせている

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 尾根上に比較的新しい石灯籠と大岩の上にお宮がある。麓の神社の奥宮なのだろうが、何神社かはわからない。それにしても山頂にあるのならともかく、こんな尾根の半端なところにあるのはちょっと不思議だ。

 

 ↓ なぜここに?

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 そこから10分たらずで水野田山1030.8mの山頂。どうということもないが、感じは悪くない。音沢の頭の異名もあるようだ。

 

 ↓ 水野田山(音沢の頭)山頂

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 ここまでがわりと良い感じだったので、先が楽しみである。ところが、山頂から下りはじめると、立派な木の階段があらわれた。全く不要で興がそがれるが、さらに先には展望台のような木の構築物と舗装道路が現れた。「大志戸木の実の里森林公園」とある。この存在は事前に知ってはいたが、フィールドアスレチックのような感じで、廃墟というわけでもなさそうだが、実際どの程度利用者はいるのだろうか。ここの舗装道路=林道大志戸線も地図で見るかぎり、単に一つの尾根を乗越しているだけで何の必要性も見出せない。これらさえ無ければもっと良い山だと言えるのに、残念である。

 

 ↓ 大志戸木の実の里森林公園

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 ↓ 大志戸木の実の里森林公園の看板 

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 そこからもしばらくの間、階段は続くが、落葉した広葉樹の幅広い尾根は気持が良い。ところどころに白樺の白い木肌が鮮やかである。そう言えばここは現在は甲州市になっているが、合併以前は大和村で、その村の木というのが白樺であると、下の「大志戸木の実の里森林公園」の看板に書いてあった。途中の東屋から、これから辿る古武山から徳並山への稜線の全貌が見えた。渋い。渋いが、好ましい山稜である。

 

 ↓ 木立をすかして望む古武山 

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 ↓ 大天狗山頂 左奥が古武山 

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 大天狗(山)1231.3mも感じは悪くない。この山も木賊山の異名があるらしい。大天狗を過ぎると階段がなくなる。道形は定かではないが、歩きやすくきれいな稜線が続く。ところどころほんの少し雪が残っていた。竜門山1273mとおぼしきあたりは山名表示板もなく、そのまま通過。

 

  ↓ 古武山の手前 

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 気持の良いゆるやかな登りしばしで古武山山頂1312mに着いた(偶然だが到着時間は同じ数字の13:12 )。

 

  ↓ 古武山山頂 

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  ↓ 山頂のヤドリギ

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 頂上で一服する。見上げれば頭上のミズナラにいくつものヤドリギが生えている。私はなぜかヤドリギが好きで、見るとホッとする。北にはそのまま直進する尾根道が続くが、目指す徳並山は西である。西に向かう。

 

 落葉の堆積したところは滑りやすい。幅広だった尾根もすぐに狭まり、岩場も出てきてなかなか楽しい。北側の谷間には雪が残っている。尾根越しの北風が冷たい。「春は名のみの風の寒さよ(早春賦)」。古武山以降、道標はおろか、ペンキやテープ類も少ない。踏み跡は途絶えがちで、読図には気を使う。一か所尾根が微妙に分岐するところで、右の尾根に移るべきところを直進しそうになったが、慎重に見定めて事なきをえた。

 東大志戸山をへたコルから登り返した西大志戸山の頂稜は幅広く、長く、気持の良いところ。ここに限らないが、新緑や紅葉のころはさぞきれいだろう。

 

  ↓ 西大志戸山の頂稜

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  ↓ 徳並山の手前にあったドルメン(北欧の巨石墓)風の岩

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 ちょっとした岩場のある尾根を登り返した先が徳並山山頂1116.7m。15:00。北側に栂の大木がある。ふと見ると、ここにも三角点が二つある(ブログ「宮沢賢治ゆかりの山―1 『銀河鉄道の夜』の舞台、南昌山」参照)。前回は確認できなかったが、今回は「御料局三角点」の文字がはっきり確認できる。御料局? はて? 

 

 ↓ 徳並山山頂 二つの三角点

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↓ 御料局三角点

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 帰宅後調べて見たら、明治18年以降皇室の所有地とされた山林を、明治41年に帝室林野管理局と改称されるまでの間に測量した際のものであるらしいとわかった。ちなみに上條武著『孤高の道しるべ』(銀河書房 1983年)に「初代御料局測量課長の神足勝記(こうたり・かつき 1854~1937)の業績とともに御料地、御料林の成立について記述されています」とのことで、私は同書を面白く興味深く読んだ記憶はあるのだが、中身はさっぱりおぼえていない。困ったもんである。だがまあ、長年の疑問が一つ解決したわけだ。

 

 例によって(慾をかいた)当初の計画ではここから西に勝沼尾根を歩き、勝沼ぶどう郷駅まで行く予定だったが、時間的にもここから南の尾根を甲斐大和駅に下ることにする。降り口はちょっとわかりにくいが、すぐ踏み跡が出てくる。尾根は細いが、快適である。テープ類は数少なく、ほどなく岩場や崩壊地が出てきて慎重に対処する。細い尾根というものは、登る分にはそうでもないが、下るとなると目の高さから見下ろす分、一層細く急に感じられ、恐さを感じるものだ。この下りでも一か所、左に古いロープが張ってあるところで、地図を読み違えて尾根筋を外してしまったが、早めに気づき登り返して事なきをえた。全く、踏み跡の少ない尾根の下降は難しい。この尾根は、登りはともかく、下りルートとしてはバリエーションルートと言えよう。その分、スリルがあって、楽しいのであるが。

 

↓ 徳並山南尾根 ところどころ岩場と痩せ尾根がある

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 忠実に尾根を辿っていくと、左に果樹園のフェンスが見え始めてきた。もういつでも左に降りれば林道に出られるのだが、少しでも長く尾根筋を歩きたい。そう思いながら歩いていると薄い踏み跡は錯綜し、妙に複雑な地形になってきた。歩く分には問題ないし、面白くはあるが、もうそろそろと思っているうちに予定外の三角点や送電線の鉄塔まで出てきた。どうやら長く歩きすぎ、尾根の末端近くまで来てしまったようである。鉄塔の先で眼下に見えている学校に向かっている荒れた道を下ったら、フェンスにぶつかった。ドアを開けようとするが、施錠はされていないのに歪んでいて、開かない。困った。登って乗り越えようにも「上には電流が流れています」とある。やむなく少しフェンス沿いに歩くともう一つのドアがあった。こちらは下に侵入除けの鉄棒も加えられていたが、何とか開けることができた。今回の山行はフェンスに始まり、フェンスで終わった。やれやれである。そこから駅までは10分足らずだった。

 

 今回の水野田山~古武山~徳並山は、予想以上に楽しめた良い山、良いルートだった。帰宅後、地図に赤線を引きながら事後学習をしていると、どうやら付近に楽しめそうなルートがいくつも見えてきた。人が少なく、道標も少なく、広葉樹林の、ところどころに岩場や痩せ尾根がある山。晩秋から初夏にかけて楽しめそうである。

                        (記:2017.3.11)

↓ 笹子雁ヶ腹摺山やお坊山の北面 次はあそこだ

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